塀の上ウォ〜ク

塀之上アユム


第6話・十一月にあったこと

「お、久しぶり」
 アホみたく人があちこちに流れて、たくさんの会話が雑音と騒音の中間ぐらいの煩わしさでどんよりしてる祭日の大学。そういう中で僕がいつもより大きな声をかけると、睦月は笑って手を振りながら駆けよってきた。
「来てたんだ?」
「一応ね。睦月も?」
「うん――っていうか、いい天気だね。秋晴れの高い空って、非日常を感じない?」
 会っていきなり天気の話をする関係って……なんか微妙だよな。
 でも睦月が言うところのその気分、僕にだってなんとなく、解る。

 秋ってのは昔っからそうなんだよ。学校行事が多い季節。小学校だったら運動会とか遠足とか、音楽会とかさ。中学以降なら、体育祭やら文化祭。そうだ、修学旅行で京都に行ったのもこのくらいの季節だった。
 そして、どれもこれも、当日がきれいな秋晴れであればいい思い出になる。雨が降ったらシケた気分。だから、秋晴れには非日常がついて回る。
 大学で言えば、そのイベントが学祭ってことなんだろうな。

 例に漏れず、うちの大学にも学祭なんてものがある。一応うちはゲージュツ系の大学ってこともあって、学祭は単なるお祭りってわけでもない(他の大学についてはよく知らないけど)。作品や演技発表の場として講義の一貫に取り入れてたり、そうじゃなくても積極的に参加する学生は少なくない、らしい。
 だけど、これまた例に漏れず、どんな大学にも学祭に関係ないっつー顔してる学生ってのも、いる。僕なんかは無意識のうちにそっち系。だってサークルにも入ってないし、こういう場で何かを発表する種類の学科でもないから。
 参加するにもしようがないのだ。

 最近知ったけど、豪さんはいつのまにかフットサル同好会とか自動車部とかゲーム研究会とか(他いろいろ、残念ながら僕には把握しきれない)サークルをいくつも掛け持ちしているらしい。学祭ではいろいろやることがあるって、すごい張り切ってた。
 逆にニイヤくんは、学祭関係ない派の代表みたいな態度で、
「んなくだらねえ行事に参加してる暇ねえっつーの。つか、割いい短期バイト見つけたから行ってくるわ」
 とか言って、どこでなんの仕事をするのか知らないけど、とにかく学祭の準備期間からずっと東京を離れてる。
 僕はあくまで中途半端だ。
 豪さんほどアツくはなれないけど、ニイヤくんみたくクールに切り捨てることもできない。一応自分が入った大学だし、他の学科とかサークルに入ってる奴らがどんなことをやってるかを観察するいい機会だ。一回ぐらい見ちゃってもいいんじゃないの的な気分で、フラフラと学校に来てしまった。受付でパンフレットまで買っちゃって、完全に部外者だよな、これ。

 一旦入場したものの、一人で歩くのもなんか気まずくて、僕は箕輪さんに電話をした。
 学校の近くに住んでるし、たぶん家でぼんやりしてるだろうと思って誘ったんだけど、案の定、箕輪さんは家にいた。
「今から学祭見にいってみよっかなと思ってんだけど(本当はもう見に来ちゃってるけど、それは黙っといた)、一緒にどう? なんか四本くんと市川さんがフリマ出店してるらしいし、ちょっと茶化しに行かね?」
 僕の誘いに、箕輪さんは明らかにダルそうな声。
「え、準備に一時間ぐらいかかるけど?」
 そんでも、はっきり断わらないときの箕輪さんは、たいていノリ気なのは解ってる。
「一時間か。俺、もう猫田まで来てるんだけど……。あ、じゃあ適当に学校ん中うろついてるから、着いたら電話して」
「解った」
 そんな経緯があって一人でウロついてたところ、僕は睦月と鉢合わせたってわけだ。
 別にそんなに意味はないけど、鉢合わせたのが箕輪さんと一緒のときじゃなくってよかったと、なんとなく思った。なんとなく。

「うん、いい天気だな。つうか睦月、まじで久しぶり。だよね」
「時々は見かけるよ」
「見かけるけどさ。なんか睦月って、授業に出ても終了後すぐにどっか消えちゃうじゃん。昼も学食とかで見かけないし。どこ行ってるの?」
「うん、どこってこともないけど」
 睦月は表情を変えずに言う。はぐらかした感じでもなければ何かを隠そうと必死になってるふうでもないので、逆にそれ以上突っ込みにくい。
 なんつうか、解ってきた。これが睦月なんだって。あんまり反応とか気にしないで、思ったことを言えばいいのかもしれない。
「一時期は、もう学校辞める気なんじゃないかって心配してたりしたんだけど」
「ああ、ごめんね。ちょっと悩んでたことがあったんだけど、もう大丈夫」
「そう?」
 今度なんか困ったことがあったら言ってよ――と、喉まで出かかったけど、やめた。
 だってなんかな。勢いで一回やったぐらいで彼氏気取りとかって、睦月はそんなこと言わないとは思うけど、万が一そう思われたら後味悪い。僕だって、ちょっと優しいこと言っただけで女の子がその気になったら、やっぱウザい。
 いや、優しいこと言ったのとホテル行ったのとは、もう全然違うんだけど。

 あれ以来一進も一退もないまま半年過ぎて、睦月との距離は全然変わらない。
 恋愛には発展しそうにない、っつかそもそも恋愛感情があるかどうかも解らんし。
 2回や3回そういうことが起きちゃえばヤリ友ってことになるんだろうけど、そういうのもなんか違うし。
 でも、お互いに「何もなかったことにして忘れよう」って感じでもないから、難しい。
 そうは言っても、現実にはシラジラしく『ただの友達』を演じるしかないんだけど。

「学校に来る気力もなさそうだったのがちゃんと学祭まで来るようになったんだから、成長したよな。もう心配いらないな」
 自分を諭すような気分で言いながら、僕は今さら睦月が左手に紙の束を抱えているのに気がついた。
「あれ、なんか出店でもやってんの?」
 それは明らかにチラシだった。ありがちなピンクの紙、A5サイズ。自分たちの展示を見に来てもらうために、校内を歩く人に配布する類の。
「や、ううん、ちょっと手伝ってるだけ」
 睦月は少し焦ったような声を出したかもしれない。でも僕は割と単純に、そーだよなー睦月もサークルとか入ってないはずだし、とか考えた。んで、思いつく。
「そしたら俺、今ちょっと暇だし、一緒にチラシ配り手伝おっか?」
「え? や、いい、いい。大丈夫だから!」
「そう? じゃあとりあえずそれ1枚ちょうだい。後で見にいくよ。どこでやって――」
 言い終わるより早く、僕は睦月の左手からすっと1枚を手に取った。その程度には、興味があった。
 見ると、意外な文字が目に飛び込んできた。

「絵画科デッサン展? って、これ美術学科の展示じゃん。なんで他学科の――」
「ううん……えっと、ただ、そう。高校から仲良かった友達が絵画科にいて、なんとなく美術棟に出入りしてるうちに、いろいろ手伝わされるようになっちゃって。ほら私、前から絵に興味はあったし」
 ふーん。と唸りながら、そういや海行ったときに睦月がスケッチブック抱えてた姿、妙にハマってたなーとか、思い出す。
「作品描くのを手伝ってるの?」
「まっ、まさか!」
 おおっ。いつも落ち着いてる睦月が妙に焦ってる。なんか……もちっとイジってみたくなんね? いつになく邪心が芽生えた僕は、どう突っ込んだら睦月が面白く反応してくれるんだろうと企む。その瞬間(まさにこんな僕を非難するかのようなタイミングで)、僕の携帯が間抜けな着メロを奏でた。
 いいところなのに誰だよ! って液晶サブウィンドウを見たら、箕輪さんの名前。
「あー。ごめん、ちっと待って」
 一言ことわってから電話に出ようとしたら、睦月は慌てたように首を振った。
「あっ、ううん。いいよ私そろそろ行かなきゃいけないし。電話ごゆっくり。じゃね」
 早口で言い切った睦月に、僕は名残惜しい気持ちで、もう一言だけ声をかけた。
「でも――あ。そんじゃ、後でデッサン展、見にいくよ」
「いい。来なくていいから! てゆーか、絶対来ないで!」
 睦月は怒ったような、少し泣きそうな、妙な声を張り上げながら、小さな歩幅を高速回転させて走り去ってしまった。

 僕は呆然としながら、しつこく鳴ってる携帯の通話ボタンを押した。
「なに」
「なにって……着いたんだけど」
「今どこ?」
「裏門とこ。ってかなに、怒ってるの?」
 箕輪さんが珍しく気を遣うような言葉を使うから、逆に自分が恥ずかしくなった。
「ごめん、別に大丈夫だよ」
「でー、どこ行けばいい?」
「そしたら学食の前──は、アレだ。なんか出店がいっぱいで待ち合わせって感じじゃなかったな。じゃ、文芸棟の入り口で」
「わかった」
 電話を切ってすぐ、僕は文芸棟に向かった。
 なんかこれ、端から見りゃ二人の女の子に翻弄されてる男だよな、とか思いながら。

 テキトーに選んだけど、その場所で待ち合わせをしたのは結果的に正解だった。一番効率が良かったっていうか。
 僕が文芸棟前に到着すると、ほとんど待ち時間もなく箕輪さんの姿が見えた。やっぱ長身の女の子って目立つ。しかも、こんだけゴタゴタ賑やかな構内なのに、箕輪さんはキョロキョロすることもなく、落ち着いた足取りで近づいてくる。
 かといってその視線は緩慢で、僕のことをとらえてるわけでもなさそう。いっつもああいう顔してるけど、箕輪さんってちゃんとモノ見て歩いてるんかな。つか、僕がここにいることには気づいてるんだろうか?
 よく解らないから、とりあえずここにいるぞーと手を振……ろうと思った瞬間。
「あぁぁぁ、ミノちゃんキターーーーー」
 背後から突然僕を襲ったのは、すっかり聴きなれてしまった感のある、あの高音。
 振りかえると、案の定。
「おーつ」
 目深に帽子をかぶってゴザの上で石のように体育座りをした四本くんが、僕に向かってスチャッと右手を挙げた。
 フリマ会場って、文芸棟前だったのか。

「ってかこのフリマ地味すぎない?」
 早くも箕輪さんが歯に衣着せぬ物言いをしたけど、誰も気にしない(慣れてるし)。ともあれ合流した僕たちは、なんとなく四人で肩を寄せ合って、ゴザの空いてる片隅に小ぢんまりと座った。
「サークルとか学科での出店以外は、辺鄙な場所しか使えないしさ、目立つ看板を作る奴とかもいないし」
 一応、箕輪さんの言葉に四本くんがボソッと答えたりしてるんだけど、箕輪さんは「差し入れ」とか言ってコンビニ袋を差し出すし、市川さんはキャアキャア大騒ぎして袋を覗き込んでるしで、会話が成り立たない。
「聞いてる、聞いてる」
 不憫に思って僕がフォローすりゃ、四本くんは相変わらず体育座りの姿勢でポツリ。
「別に、いいんだけどね」
 だったら、そんな哀愁を漂わせた姿勢すんなって。

 それにしても、確かに地味だ。
 学祭の中で一番地味なフリマ会場の中でも、市川さんと四本くんが座ってるこのスペースは文句なしに一番地味。地味金メダル。
「二人が売ってるのって……古本だけ?」
 ゴザの上に無作為に(としか見えない雑さで)並べられた古本は、文芸書とかビジネス本とか漫画とかに混じって、よく見ると前期のパンキョーで使った教科書とか、同人誌まであって、ほんと節操ない。
 他のスペースでは、服とか雑貨とかが色とりどり、一応きれいにディスプレイされてるのに。
「これじゃ売れないんじゃない?」
 老婆心ながら言ってみると、市川さんが差し入れのハーゲンダッツ(ストロベリー味)をわざとらしく唇の端にちょこっとつけたまま(いや、……もうそこらへんはスルーするけど)、木のスプーンをチッチッチと左右に振った。
「これが意外と、売れるんだよぉぉぉ」
 そんなもんかねえ。そう思いながら僕は、なんとなく手近にあった本を物色し始めた。

「あのさあ……ここらへんの同人誌って、市川さんが持ってきたの?」
 パラパラと何冊かめくってから、ある程度確信を持って(でも決めつけるのは悪い気がしたから一応控えめに)聞いてみたら、
「あ、それ俺」
 と、四本くんが声色を変えることもなく答えたので、僕は一瞬固まった。
「え……だってコレ、いわゆるボーイズラブ……」
「ふぇぇぇ、ミッチそれあんまりよく見てないから、ただのエロ漫画だと思ってたよぉぉぉ。四本くんって、そーゆー趣味だっんだぁぁぁ?」
「『そーゆー趣味』って……」
「美少年とか愛しちゃってんの!?」
「あー、でも似合うかも、うん」
 どっちかつーとワルノリ的に僕らの話が広がってく傍らで、それに動じることもなく四本くんは「や、さすがにそれは」とか冷静に首を振った。
「えー。じゃあ、なんでこんな本ばっかり持ってるのぉぉぉ?」
 珍しくまっとうな疑問を投げかけた市川さんに、四本くんは片頬だけを糸で吊ったような、妙にニヒルな笑顔を見せた。

「コミケとかで、いかにも現実の男を知らなそうな、地味だけど妙に美人な子がこういう本を売ってたりすると、思わず買っちゃうんだよ。うわ、あの子こんな妄想してるんだーとか思うと、ほら、割とアレでしょ」
 淡々と語る四本くん。僕らはその話に、誰も口を挟めなかった。たぶんそういう雰囲気だった。いやあ、四本くんて意外と、なんつうか、アレだよな。ん、アレ。
 なんでか居たたまれなくなって、手近な同人誌をひとつ、手にとって見る。ハラッとページを開いたところに、いきなり男(顔も体格も女っぽいけど、かろうじて胸が平らだから男?)同士のセックスシーン。うわー。たぶん妄想の限りを尽くして精一杯描いたって感じの身体。現実にはとても言いそうにないような恥ずかしい台詞。きっついよ。
 ますます居たたまれなくなって僕はその本を閉じた。やっぱ四本くんって変わってんなと思いながら、妙な感慨とともに、ピンクの表紙を眺める。
「タイトルもちょっと、アレだよね……」
 可愛い女の子が描いたつっても俺は無理! とか言おうと思って、箕輪さんに見せてみる(市川さんだと反応がうるさそうだから)。
「『ラヴァーズジュィス』……?」
 箕輪さんが、何食わぬ顔でタイトルを音読し始めた──と思ったら、その声は途中で消え入りそうなほど小さくなった。見ると、箕輪さんの顔が真っ赤だ。いつも僕たちの下ネタに顔色ひとつ変えないくせに、こんなのが恥ずかしいのか!?
 衝撃を心に受けたつもりが、次の瞬間、僕は体にまですごい衝撃を受けることになった。

「ちょっっっ……」
 声にならない声を出しながら、箕輪さんがものすごい勢いで僕にタックルしてきて、その本を奪い取った。
「ど、どぉしたのぉぉぉぉ?」
 さすがの市川さんもこれには驚いたようで、いつになくマットウな反応。
「いや、べべ別にどうってわけじゃ」
 え、なにどもってるの? まじ解んない。あのコスタ・デ・なんとかっつーバンド観に行ったときより、明らかに興奮してる。あの箕輪さんが、ボーイズラブ漫画ごときで?
 箕輪さんは顔を真っ赤にしてうつむくばかり。市川さんも、口を半開きにしてホゲーと呆気にとられてる。僕らの座るゴザの上が、一瞬にして妙な雰囲気に包まれた。
 そして、さっきからなぜか時を止めたように首を傾げて考え込んでた四本くんが、ハッと思い出したように言った。
「そうか! あの時の売り子、箕輪さんだったんだ? 実は入学したときからどこかで会ったような気がしてたんだけど、すっかり垢抜けちゃったから解らな……」
「きゃあああああああああああああ」
 奇声とともに立ち上がり、箕輪さんはすごい速さで走り去ってしまった。この程度の奇声ならばすぐに飲み込んじゃうほど、今日の学校が賑やかなのは幸いだった。
 でもやっぱ、箕輪さんを追いかけることはできない。四本くんの語りは途中で遮られたけど、あそこまで聞けばさすがに解る。
 つまりさっきの漫画、箕輪さんが描いたんだ……?

 いやはや、さて。
 ゴザの上に残された僕たちは、なんというか、今の出来事について語るに語れない雰囲気になってしまった。そりゃま、そうだよな。
「う……と、あー、俺ちょっといろいろ見て回ってこよっかな」
 精一杯なんでもないふうを装って、僕はこの場から逃げることにした。
「ああ、そうだね」
 四本くんだけは、状況を理解してるんだかなんだか、平然としてるけど。まいっか、彼ならまだ目を見開いてる市川さんのこともテキトーにフォローしてくれるに違いない。
 僕はいそいそとフリマ会場を離れて、一応箕輪さんの携帯を鳴らしてみた。
 案の定、出る気配なし。
 ま、人に知られたくない過去なんて、ひとつやふたつあるよなー、とパンツのポケットに手を突っ込んだら、紙の感触。睦月が配ってたあのチラシだ。
 そっか。行ってみようかな。暇だし。
 絶対来ないでって言ってたけど、チラッと見にいくぐらい、いいよな。どうせ僕は絵なんてよく解らないから、さ。

 チラシに書かれてた美術棟2階の教室。
 ドアの前に書かれた説明で、これが絵画科の有志による木炭画展だってことが解った。中に入ると、外でお祭騒ぎになってるのが嘘のように静かで、どうやらここが受付もない無人の展示会になっているらしいと解った。
 絵心もないくせに僕は、気楽に見られるのはありがたいよなーなんて思いながら、ちょっとアーティスティックな気分に浸る。
 順路のとおり進んでくと、初めはリンゴとか壷(?)とかの静物画。そのあとに人の手とか足とかのパーツを描いた作品が続いた。
 木炭だけでよくこんな立体感が出せるよな、とか。美術学科って専門的な勉強してる感じがするよな(それにひきかえ、うちらの文芸学科は……?)、とか考えながらさらに進むと、次に出てきたのは人物画。
 おおっ。これはいわゆる裸婦デッサン。
 誰も僕のことなど見てないのに、こっそりこんなものを観てる自分が落ち着かず、ちょこっと目が泳ぐ。
 でも観ることはしっかり観るんだけどさ……って、ん?

 あれ?
 立ったまま両手を高いところで組んだポーズ。片足だけを折り曲げて座ったポーズ。椅子に座って足を組んだポーズ。自分の腕を枕に寝ているポーズ。
 いろんな形があるし、描き手によってタッチは全然違うけど、どれも同じモデルを描いてるのが解る。
 共通しているのは、ゆるやかなウェーブのある長すぎず短すぎない髪型。細い割に女らしい凹凸の目立つ体型。それと、そうだ。右足首につけられた華奢な感じのアンクレット。
 この身体、見覚えがある。いや、むしろ何度も頭の中で生々しく反芻してた。ごめんしかも結構オカズにも……。
 とにかく。
 これはそのぐらい、僕が知ってる身体だ。
 手伝ってるって、これだったのか。まさかこんな形で睦月の身体に再会するなんて──。

 紙の上でしなやかに形を作る睦月を、不思議な気持ちでまじまじと眺めてたら、携帯が鳴った。周りが静かだったのもあって、文字通り、飛び上がるほどびっくりした。
 電話は箕輪さんからだった。
「あの、急に逃げ出してごめん……」
 電話の向こうから聞こえたのは、すっかり憔悴しきった声。
「別に大丈夫だよ。今どこ?」
「家。ごめん、帰った」
「そっか」
「あの……今日のことは、絶対誰にも言わないで。お願い」
 いつになく素直、つーか完全にしおらしい箕輪さんの声が、ちょっと面白い。任せろーとか気楽に言って、僕は電話を切った。
 それからもう1度、睦月を描いた絵をひとつひとつ観た。
 不思議と、欲情はしないもんらしい。

 ただ──なんか。
 すごく寂しいっつか、うすら寒いっつか、なんだろ。
 たとえば、だだっ広い早朝の体育館でひとりバスケットゴールにボールを何度も投げつづけて、でも1回もキマんないみたいな、そんな気分?
 もちっと具体的に言うと、あの春の日に初めて僕と交わした言葉を、睦月はもう忘れてるのかもしんないなあ、とか?
 よく解んないけど、そんな感じ。とにかく窓の目ばりの隙間からひとすじ差し込む陽の光を見て、途方に暮れそうになった。
 しょうがないじゃん、だってすげえ秋晴れだし。やっぱこんなの、非日常すぎるだろ。

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Copyright(C)2005-2006 Ayumu Heynoue