塀の上ウォ〜ク

塀之上アユム


第10話・三月にあったこと

 猫田の駅に降り立つのはものすごく久しぶりな気もしたけど、まるで昨日の続きみたいな感じもする。
 でも、線路沿いでフライング気味に咲き始めた桜の花を見て、ようやく「そっか、もう春休みも終わりか」と思い知らされたりもして。
 季節が一周したんだなあ、とか妙に感慨深い。

 約2ヶ月ぶりに辿り着いた『だっぺえ』の暖簾は相も変わらず渋いんだか汚いんだかわからない微妙な焦茶色で、何も変わってなかった。や、まあいきなり垢抜けたりしてたら困るけど。
 暖簾をくぐると、威勢のいい店長の声。
「らっしゃい! あ、久しぶりだね。怪我してたんだって?」
「あー、おかげさまで」
 何がおかげさまなんだか解らないけど、とりあえず僕は微妙な愛想笑いで応えた。
 店内を見回すと、客は1人しかいなかった。奥の小上がりでポツーンと小さく正座してる四本くん。まあ、大学近くの居酒屋なんて、春休みにはこんなもんなんだろう。
 僕と目が合うと、四本くんは小さく右手を挙げてボソッと言った。
「久しぶり」
「うん……ていうか、今日の集合って6時でいいんだよね。ほかに誰も来てないの?」
「そうだね、見ての通り」
 それはひどい仕打ちだ。

 結局あの夜の塀ダイブのせいで、僕の右足首には見事にヒビが入ってしまった。ほんと、アホだと思う。
 そのせいで僕の長い長い春休みのほとんどは、治療というか静養に費やされることとなった。入院とかしてたわけじゃないけど、外に出るのがかったるかったのだ。
 で、1ヶ月半経った今、僕の怪我が完治したお祝いをしてくれるっていう(別にそんなことしないでいいよって言ったけど、もうみんなに伝えちゃったから来いって強引に呼び出された)から、鈍った身体を無理やり動かして、久々に外出らしい外出をしたってのに。せめて招集かけた箕輪さんぐらい、先に来てろよ。
 という僕の気持ちとは裏腹に、四本くんはなんてことない感じで言う。
「まあでも、6時から6名でちゃんと予約してあるみたいだから、そのうち来るんじゃない?」
「でもひでーよ。一応、俺が主賓なのに」
「そうだね……先に飲んでる?」
「だな。どーせこの調子じゃ、みんないつ来るか解んないし」
 そんなことを言ってたら、店長がカウンターの中から声をかけてくれた。
「じゃあ今のうち、2人にだけ1杯ずつサービスするよ。快気祝いってことで」
「マジっすか」
 たまには外に出てみるもんだ。ま、いろいろ面倒くさいことのほうが多いけど。

「それでは、折れかけながらもなんとか生還した君の足首に乾杯」
 ふざけてるんだか真面目なんだかいまだによく解らない四本くんの、妙に律儀な音頭でもって僕らは乾杯した。
 男二人、しかも妙に空いてる店内。寂しいけど、やっぱ久しぶりだし、一口ビールを流し込むとやけに旨い。サービスだと思うから余計にかも。
 しかし――四本くんも自分からペラペラ喋るほうでもないし、僕もいちいち自分から話題を提供するのが面倒いほうだし。妙に場がしらじらしかったりするのは否めないわけで。
「あー……と。何かツマミも頼んどく?」
 気まずさを追っ払うために僕がメニューを手に取るとほぼ同時に、ガラガラと入り口が開いた。

「つーか、そん時はマジで三途の川を見ちまったーとか思ってさ」
「にゃはははは、豪さん、それ『三途の川』の使い方間違ってるよぉぉぉ」
「使い方とかあんのかよ」
 顔より先に飛び込んできたテンションの高い会話。顔を見なくても、その声で市川さんと豪さんだって解る。何の話かはまったくもって謎だけど。
「お、もう来てた」
「わぁぁ、ひさしぶりぃぃぃ〜〜」
「先に飲んでるよ」
 四本くんがジョッキを見せびらかすように掲げて言うと、豪さんは「オレらも生!」と店長に向かって叫ぶ。
「こんな静かな店で、んな大声出さなくてもいいよ」
 店長のツッコミに、また市川さんがにゃははは〜と笑った。

 早速乾杯し直し。
 ジョッキをぶつけ合う豪さんと市川さんを交互に見て、どうせ春休みだし快気祝いだし、まあそんなのどっちも全然理由にはならないんだけど、僕は以前から訝しんでたことを訊いてみることにした。
「あのさ、2人って付き合ってんの?」
 実にさりげなく、どことなくどうでも良さそうな、という感じの口調は、自分的にもなかなか巧くやったほうじゃないかと思う。けど、僕の密かな成功とは裏腹に、2人は見事に即答で僕の疑惑を否定した。
「それはないだろ」
「あ〜り〜え〜な〜い〜」
 そうなの? 声が揃うタイミングも合いすぎてるし、やっぱ怪しいんだけど。
「でも仲いいよね。今日だって一緒に来たし」
「たまたま店の前で会っただけだ」
「そおだよぉぉぉ。だいたい超理想が高いこのミッチが、こんな手近なところで手を打ったりするわけないよ、ねえぷっつぃん?」
「そうだよ、こんな髭男には渡さない。だってミッチは僕の天使なのさ☆」
 うわ、久しぶりに出た、脳内猫。春休み中も健在、市川さんワールド!! って、僕は多少ウンザリ感を顔に滲ませたけど、豪さんと四本くんは別にそこらへんはもはやどうでもイイみたいな感じで、全然違う会話を始めてた。
 それでもまだ豪さんと市川さんは怪しい気がするんだけど、まあ蓋を開けてみないと解らないことって、多いよなあと僕は思った。

 そんなこんなで僕らは4人和やかに、ていうわけでもないけど、まあいつもどおり飲み始めた。
 いつも通りってのは、豪さんの暴言が相変わらず多いことだったり、市川さんが電波飛ばしまくってることだったり、四本くんの口からは蘊蓄と裏情報ばっか出てくることだったり。そんで、僕はそんな中、自分だけがマトモな人間だと思いながら(一応、そのくらいの自己認識はあるんだ)、みんなにツッコミを入れるってな具合。
「しかし、幹事来ないね」
 3杯目の生ビールを注文する際にできた会話の切れ目に、四本くんが言った。
 本当だ、もう約束の時間から1時間近く経とうとしてるのに。
「さすがにちょっと心配〜! 事故とかに遭ってなきゃいいけどぉぉぉ」
 市川さんの言葉に、僕は思わず携帯を見た。着歴もメールもない。箕輪さんはああ見えて意外としっかりしてるから、自分で招集かけといて何の連絡もなしに大幅遅刻なんて、確かにちょっとおかしい。
 まんまと市川さんの言葉に踊らされて不安になった僕を見透かしたように、豪さんが笑い飛ばした。
「事故とかありえねって。この狭い街に救急車とかパトカーなんかが通ったらすぐに解るだろ。だいたいさ、事故の気配みたいの感じたら、俺らも店飛び出て野次馬に行くに決まってるし」
「確かに」
 僕と市川さんの声がハモった。豪さんの言うことは豪快すぎて理解できないことのほうが多いけど、妙に説得力がある。

「じゃあ、やっぱ単に春休みボケ?」
「あり得る」
「まったく、誰のせいで怪我したと思ってんだよ」
 安心ついでに、ついそんな言葉が僕の口をついて出る。けど、豪さんは掌を返したように、すっとぼけた顔。
「誰のせいって、それはどう考えてもおまえの不注意じゃないか」
「ちょ……本気でそれ言ってるとしたら、殺意が芽生えるんだけど?」
「えぇぇ、じゃあ誰のせいなのぉぉぉ?」
 市川さんまで、悪気のカケラもない顔で言う(ついでに、なぜか知らんけど胸をぎゅっと寄せて、今日も襟ぐりの広いカットソーから谷間を覗かせてた。何そのサービス)。

 うーん、確かに僕が怪我をしたのは、もちろん自分の不注意のせいだけど。つか酔っぱらって完全に舞い上がってたのは認めるけど。
 でも、それを差し引いてもやっぱ、みんなも悪いだろ。絶対。
 睦月が帰るとき宇宙人がどうのとか騒いだ市川さんの電波っぷりや、どう考えても僕にその役割を押しつけてるようにしか見えなかった箕輪さんの強引さ、そして、それにかこつけて僕をパシリに使おうとしたニイヤくんと豪さんの調子乗りっぷりも、全部原因のひとつだと思うんだけど。
「少なくとも僕のせいではないと思うよ」
 僕の気持ちを読んだかのようなタイミングで四本くんが弁解する。でも、僕は見逃さない。
「四本くん、見て見ぬふりしてたよね?」
 フハッと笑ってごまかす四本くんに、なんか僕は諦めに近い親愛の情を感じた……ような気がするけど、気のせいかもしんない。

 そのときだった。
「お、来たぞ」
「良かったぁぁぁ、無事だったんだぁぁ?」
 見ると、きったない暖簾から箕輪さんが顔を覗かせてる。時計はもう7時。
「ごめん、遅くなった」
 て、口では謝ってるけど、不機嫌ぽい態度の箕輪さんに続いて、ニイヤくんも店に入ってきた。箕輪さんと同じように、いやそれ以上にムスーとしてて、思わず話しかけるのをためらってしまう空気だ。
 そんな2人を迎えて、一瞬沈黙に包まれた一団……の中で、口を開いたのは。
「えぇぇ〜どうしたのぉぉ。2人とも超クラいぞおぉぉぉぉ?」
 さすが市川さん、空気読めてない!(でもこういうときこういう存在って結構マジで助かるかも)。
 その微妙な空気には、箕輪さんも思わず笑っちゃって、「理由は話すから、とりあえず1杯飲ませてよ」とか言いだした。
 
 さて、問題はニイヤくんのほうだ。
 いつもは考えてることが顔に表れるより先に口をついて出るタイプなのに、今日は登場以来1回も口を開いてない。怒ってるって感じでもない。ただ、喋るのもかったるそうだし、誰かと目を合わせるのも煩わしそうにずっと下を見てる。いつもヘラヘラしてるニイヤくんだけに、戸惑う。
 そこでまた、気まずい空気をわざと読まないのかってくらい読めてない市川さんの攻撃。
「なぁにぃぃ〜? ニイヤくんってば、ミノちゃんとケンカでもしたのぉぉぉ?」
「ケ、ケンカとかじゃないって!」
 箕輪さんは、顔を赤くして答えた。
 顔を赤らめるような話か? 早速ビール飲んでるっていっても、そんなんで赤くなるような箕輪さんじゃないだろ。

 箕輪さんの意外な反応に驚いて口を挟めない僕を置き去りに、みんなは話を広げる。
「まあほらぁぁ、仲が良いほどケンカするって言うしぃぃぃ〜」
「逆。ケンカするほど仲が良い、でしょ」
「あはは、そうだった〜☆」
「おまえはアホか! まあそれはともかくおふたりさん、夫婦喧嘩は犬も喰わねえぞ」
「だから、ケンカとかじゃないから……」
 箕輪さんはそう言い訳した。夫婦のほうは否定しなくていいのか? と僕が言おうと思ったところ、ニイヤくんがいきなり口を開いた。
「留学試験、ダメでした!」
 なんか、すごい怒ってるっぽい口調。
「ああ……なるほど」
「それは残念だったな」
 一応神妙に頷く四本くんと豪さん。でも市川さんはそんな雰囲気をまったく気にせず、追撃だ。
「えぇぇ、でもそれってニイヤくんの実力なんだから、不機嫌になられても。ねえ?」
 って、なんでそんな難しいところで僕に話を振る!?
「え……と」
 ごまかし笑いをする場面でもない。仕方ないから、僕はちょっと話を逸らすことにした。
「発表、今日だったん?」
「そう。試験はギリで合格ラインだったのに、1年間の出席日数が少ないとかで……」
 なぜか、ニイヤくん本人じゃなくて、箕輪さんが答えた。でもみんなはそんなことに疑問を感じない様子で、口々に勝手な感想。
「そっかぁぁ。留学費用貯めるために授業そっちのけでバイトしてたのに、ねぇぇ?」
「でもそれってやっぱ、自業自得……」
「だよな。んなことで怒り振りまくなよ」
 豪さんに怒られると、ニイヤくんは自棄になったようにビールをガブガブ口に流し込んでから、ダン、とジョッキをテーブルに置いて叫んだ。
「アホか! 別にそんなことでムカついてるわけじゃねーよ」

「はあ? じゃあ何なんだよ」
「俺が不合格だって解った瞬間、コイツ嬉しそうな顔したんだよ!」
 ニイヤくんが指さしたのは、箕輪さんだった。箕輪さんは、顔を強張らせてる。
「そりゃ、ミノちゃん的にはぁぁ、ニイヤくんが留学しちゃったら寂しいからぁぁぁ」
「だからって失礼だろ!」
「アホか、やっぱ夫婦ゲンカじゃねえか」
「いやいやいやちょっと待って」
 僕は強引に話をぶった切った。このままじゃ、ちょっと消化できない。
「あのさ。ニイヤくんと箕輪さんって、ひょっとして付き合ってるの?」
 2人は一瞬目を見合わせた。ついでに、なんでか知んないけど他のみんなまで喋るのを止めた。

「だ、黙っててごめんね」
 気まずい空気を蹴散らすように、口を開いたのは箕輪さんだった。
 や、別にそんな深刻になんなくてもいいんだけど、と言いたくなるくらい、その表情は張りつめてる。
 むしろ、緊張ってよりも思い詰めたような目と少し赤くなった頬がラブコメ漫画のヒロインみたいで、はっきり言って、箕輪さんに似合わなすぎ。あ、でも箕輪さんって漫画好きだし、なりきっちゃってるのかな。僕は笑いをこらえるので精一杯だ。
「年末ぐらいから……そういうことになったんだけど。でもあの、なんか、言いだしにくくて……」
「みんなは知ってたの?」
「や、本人から聞いたわけじゃないけどさ、なんか怪しいとは思ってたんだ」
「あたしは知ってたぁぁぁ」
「まあ、見てれば解るっていうか……」
 四本くんはともかく、豪さんまで気付いてたとは、鋭いな。野性の勘か?

「ショックだ……」
 思わず口から漏れる。自分だけが全く気付いてなかった状況は、あまりに不覚だ。
 けど、箕輪さんはその意味を違うふうに受け止めたみたいだった。
「ご、ごめんなさいっ。騙すつもりじゃなかったのっ……!」
「え?」
「2人で遊びに行ったりして、気を持たせちゃったかもしれないけど……あの頃はまだニイヤくんともこんなふうになってなかったし、二股かけてたわけじゃないから」
「……」
 なんか箕輪さん、キャラ崩壊してるよ。たぶん本人は完全に本気だけど……。とか、ちょっと退き気味になってる僕の顔を覗き込んで、箕輪さんは小首を傾げた。
「祝福してくれる……?」
「ぶっ」
 ついに我慢できなくなった僕は、口に流し込んだばかりのビールを噴き出した。
 そりゃ確かに驚いたけど。それは、チビのニイヤくんとクールな箕輪さんって組み合わせはあり得ないと僕が勝手に思い込んでたからであって。ついでに、豪さんと市川さんに惑わされてたし、自分も睦月のことばっか考えてたってことかもしんないけど。
 でもまあ、せっかくだから盛り上がってる箕輪さんの物語の中のキャラを演じてやろう。
「もちろん、祝福するよ」
 僕はジョッキを掲げて、箕輪さんの額に軽く当てた。
 恋愛って端から見るとものすごい滑稽なんだってことが、よく解ったよ。ホント。

「んじゃ改めて仕切り直すか。今日はニイヤの留学失敗残念会ってことで――」
「ええっ、俺の快気祝いじゃ?」
「ああ、じゃあついでだからそれも」
「ついでって」
 みんなは笑いながら、訂正もなく乾杯してしまった。まったく、ひどい扱いだ。
 けど、結局それも実は以前から変わってない。店に呼び出されて行ったらみんな移動した後だったり、海に行ったときは僕の川柳がひどいといって焼酎をくれなかったり、この怪我だってパシリにさせられたせいで出来たようなもんだ。
 どうやら僕はこのメンツではいじられキャラってことか(今まで気付かなかったって事自体、そういうキャラになる理由かもしれないけど)。まいったよなあ、と。
 ちょっとニヤニヤしながら思った。
 大学に入って1年経ったってのに、面白いくらいなんにも変わんないな。睦月は転科しても同じ学校にいるわけだし、ニイヤくんも結局留学しないし、箕輪さんはちょっと変わったかもしんないけど、たぶんこのキャラだって元々持ってたものなんだろうし。
 結局カップルが1組成立しただけなんて、1年間の成果にしちゃ小さいほうじゃないか。
 僕が童貞捨てたほうがよほど大事件って感じだ(みんなは知らないけど)。

 子供の頃は――いや、正確に言えば高校卒業する去年まで、1年ってもっと長くて内容があって起承転結があったように思う。それはまるで螺旋階段のように、くるっと一周違う景色を眺めると次の階に上ってる、みたいな感じ。
 でも大学での1年は完全に違った。僕らはもう人間が出来上がっちゃってて、それぞれのキャラは定着してる。時々ちょっとしたイベントがあっても、基本的には休みばっかりの生活の中、ぼんやりしてれば夏休みが終わったのにも気付かないような毎日。
 そんくらい、日々は平坦に流れてる。
 つまらないわけじゃないし、意味がないわけでもない。
 ただ、ひたすら。
 まるであの塀みたいに、時々転げ落ちて怪我でもしないと、足許が見えなくなったりするんだろう。
 そして――。

 そこまで考えを巡らせたところで、豪さんの携帯が気持ち悪い着メロを爆音で奏で始めた。
「うわっ」
「なにこれ、うるさーい」
 迷惑そうな顔をする周囲には目もくれず、豪さんは電話に出る。
「おう、久し振りじゃん。――え、ああ……ええっ、マジかよ! うん、ああ、……解った、今すぐ行く」
 電話を切るなり、豪さんはただ事とは思えない形相で立ち上がる。僕らが一斉に「何?」「どうしたの?」「何かあった?」と訊くと、興奮気味の返事。
「スチームが帰ってきたぞ」
「は?」
 僕らはでっかい疑問符に包まれた。スチーム? ってなんだっけ? どっかで聞いたことがあるような……。
「あ、あの時のタイ人か」
 一番はじめに思い出したのは、箕輪さんだった。それを聞いて、僕もふっと記憶を呼び戻した。
「ああー、解った。豪さんのバイト仲間かなんかで。不法入国してた人」
「お、あれか。強制送還されたって奴か」
 ニイヤくんも覚えていたようだ。そう、スチームが国に帰って傷心の豪さんに、飲もうと無理やり誘われたっけ。あの時も、酔いつぶれた豪さんの鼾がひどかった。
「また不法入国じゃないでしょうね?」
 怪訝そうに言う箕輪さんに、豪さんは表情も変えず答えた。
「いや、たぶん不法……」
「うわぁぁぁ、それ、またループするよ〜」
 珍しくまともなことを言う市川さんの言葉に笑いながら、僕らはスチームに会ってくるという豪さんを見送った。本当、ループだよなあ。やっぱ僕らは塀の上を歩いてるのかもしれない。
 そんなことを考えながらビールを喉に流すと、ふと睦月の顔が浮かんだ。
 そう、ループだから。4月が来てまた睦月に会ったら、声をかけよう。去年の春みたく。

 塀から転げ落ちるみたいな展開があってもいいし。
 なくてもまあ、それなりに。

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