優希はすっかりうろたえていた。 なにせ、昨日の今日である。 美咲に潔く失恋してくると約束したのは、確かに自分のほうだった。こっぴどく振られて、あわよくば美咲の懐に滑り込んでしまえ、という算段ではあったものの、ぶつかりもしないで終わったなどと言っていた自分がみっともないと思うのも事実だった。 きちんと伝えるべきことを伝えておかなければ、昨夜のチャンスに思わずりさの顔が思い浮かんだように、いつまでたっても未練がましく気にしてしまうに決まっている。そうだ、今まで瀬名に遊びに連れて行ってもらっていろいろな女の子と知り合ったのに、結局ものにできていないのも、それが原因じゃないだろうか。そうに違いない。 だから、りさと二人で話をするチャンスがあれば、そのときに当たって砕けよう、という決意をしたばかりなのだ。 が、青天の霹靂というか何と言うか。 「ゆーうーきー!」 昼休みに、りさのほうからわざわざ優希の教室へ乗り込んでくるなんて、想像もしていなかったのだ。 「久しぶり! 元気ー?」 りさは、いつにもまして明るかった。 「な、何だよ、突然?」 優希のほうは、驚きを隠す余裕すらなかった。優希の心の準備は、まだ出来ていないというのに、チャンスが向こうからやってきてしまうなんて。 「あのさあ」 意味ありげに顔を覗き込んで話を切り出すりさの顔に、優希は妙な緊張感をおぼえて背すじを伸ばす。 「はい」 「優希、私に言うことあるでしょ?」 「えっ!」 何てことだ、と優希は混乱した。 彼女のほうからこんな話を切り出してくるなんて、いったいどこから情報を仕入れてきたのだろう。優希は、告白の決意を美咲にしか伝えていないはずだ。それも、美咲にはりさの名前を出していない。いずれにしたって、昼休みに、しかもみんながいる教室で告白を迫ってくるなんて随分な仕打ちだ。 「そんな急に言われても、俺だって……」 「携帯の番号、変わったでしょ」 「あ?」 「なんで番号変わったって教えてくれないのよ。友達だと思ってたのにさ!」 「ああ……そのことか」 優希は胸をほっとなでおろした。と同時に、『友達』という単語が妙に重くのしかかって来るような気もした。 冷静に考えてみれば、白昼堂々、愛の告白をせっついてくる女なんて、そうそういない。『友達』だというのに、携帯の番号を教えなかったから怒る、というのは、とても単純明快な理論のような気がした。そして、『友達』だから、りさはわざわざ番号を聞きにきたのだ。 告白するまでもなく答えが出てしまったようなものだ、と優希は思いながら、落胆を悟られまいと平気な顔をして話を続ける。 「二年になってすぐに番号変えたんだけど。言ってなかったっけ?」 そう言いながら、優希は携帯電話のディスプレイに自分の番号を表示させて、りさに見せる。りさはその番号を見たとおりの番号を、自分の携帯電話に憶えさせながら、口を尖らせて文句を言った。 「全然聞いてなーい。っていうか携帯繋がらないから、わざわざ家に電話までしたのに、ずっと帰ってないとか言われるし。一体どこで何やってんの?」 「いや、ワケあって、知ってる人の家にお世話になってるだけ」 「ふーん……まあ、いいけど。じゃね」 優希の番号を登録した携帯電話を折りたたんで、りさはそのまま、颯爽と教室から出て行こうとした。ふと気がついて、優希は彼女を呼び止める。 「ちょっと待ってよ」 「なに?」 「ていうか、番号聞くだけかよ。わざわざ家まで電話してきて、何か用があったんじゃないの?」 りさは振り返って、一瞬間を空けてから、少し困ったような顔で笑った。 「用なんて忘れちゃったよ」 その困ったような顔に思い当たるものがあって、優希はふとたずねた。 「そういえば、……佐藤と別れたって聞いたんだけど、本当?」 「え?」 りさは、思いのほか驚いた顔をした。しばらく会話もしていなかった優希がそんなことを知っているなんて、想像もしていなかったのかもしれない。しかし、りさの驚いた顔は一瞬で消え、引き続き、いつもの通り元気な顔のりさが、喋る。 「いや、うん、まあね。いや、でも、ふ、振られたんじゃないからね。私のほうからね、ちょっと、す、いや、なんとなく。性格とか、話とか、合わないなあってずっと思ったりしてたから。だから、その……」 やけに一生懸命で、なぜだか弁解をしているかのように聞こえる、と優希は思った。 「話、聞いてあげよっか。放課後にでも」 「やだ、私、そんなつもりで電話したんじゃ……」 「いいよ、『友達』じゃん。絶対、ちゃんと話聞くから」 「……」 「授業終わったら、中庭の水飲み場あたりで待ってるから、絶対来いよ」 「……う、うん」 半ば強引に承諾させて、優希はりさを帰した。 そして、そのまま自分の席に戻ろうと思って振り返ると、突然巨大な影で目の前をふさがれてしまい、飛び上がるほど驚いた。 「うわっ」 「優希くーん」 「何だよ」 クラスメイトの浅見が、いつの間にか背後に立っていた。今の会話を聞かれたか、と思った優希は身構えた。 「なあ、今日部活休みなんだけど、またおまえんとこ、っていうか草平さんの家に、ゆうしんと一緒に行ってもいい?」 この様子を見る限りは、どうやら聞いていないようだ。 「だめ」 「えー、いいじゃん、あの家、なんか面白いんだよ。たまに遊びに行くぐらいいいじゃん」 「絶対だめ」 「なんでだよ」 「今日は、すごい大切な用があるから」 にべもなく、優希は断った。 今の自分のこの勢いがあれば、きちんとりさに自分の気持ちを伝えられる。きっと、伝えられる。 優希は、覚悟を決めた。 |