#90 God Only Knows
そして、こんな風になった今だからこそ、私は思うのだ。
あの日あなたが横に居たことは幸運だったことを。そして、けれども今あなたが横に居ないことは別に不運であるというわけでもないことを。
なぜなら、私たちが出会えたことは偶然でとても予測できなかったことだけれど、別れたことは必然で予測も可能な「意志」だったのだから。
もちろんそれは、私の意志でなかった。ひょっとしたら、あなたの意志でもなかったかもしれない。それでも、私たちは時間や境遇に流されて、別れの瞬間へと着実に歩んでいたのだ。出会ったその瞬間から。
なんの意志もないわけがない。私たちは、歩んでいたのだ。
060302
#91 Crossroads
あなたが大仰に掲げていたもの。信じていた言葉。理解していた現実。
それにどれだけの意味があるのか、私には解らなかった。けれどもともかく、あなたはあなたの信じるほうにまっすぐ向かっていったのだろう。たぶん、私も。
そして、ふと振り返ったときにはもう、見えなくなっていた。
自分のところさえ、ごく近くの足跡がいくらか目立つくらいの状態で、遠くにつけた足跡は風化して見えなくなるくらいなのだ。そんな状況であなたの姿や足跡が見えるほど、私の目は良くなかった。
だから、もう振り返らない。
あなたと私の歩く方向がどこで分かたれたのかなんて、考えない。
ただ、ひとつ。
誇っているのはあれ以来、足跡が風化するだけの歩幅を進めてきた、という事実だけ。
060217
#92 Vanishing Point
私たちは、一緒の時間を多くはないけれど確かに過ごしていた、ような気がするけれど。実際のところ、たぶんそれぞれが自分の道を好きなように歩いていただけで。その道が、たまたま近くを掠めたというだけで。
だけど、偶然にせよなんにせよ、私たちはほぼ同じ角度から同じものを見た。
今となっては、振り返っても首を曲げてもしゃがんでみても背伸びしてみても、それは決してあの時と同じように見えない。あの一瞬にしかあんなふうに見えないものを、一緒に見た。
それだけでも、この大地に残された無数の足跡からあなたのものだけを見つけるよりももっとすごい奇蹟だと、思ってる。今でも。
060214
#93 Take You Higher
今になって思い返せばの話。
私が目指していた場所は、自分では気づかなかったけれど、とても高い場所だったのかもしれない。あなたはそのことに気づいていて、そうして、私を煙みたいだと揶揄したのだ。
今になってもわからない話。
私があのとき進もうとしていた方向が間違っていたのかどうかは、まだ結論は出ていない。間違っていたとしても正しかったとしても、あの頃目指していた方向へまっすぐ歩いてきた自信も、ないし。
今だからこそ言葉にできる話。
結局正しいのか間違っているのか解らなくても、私はこうして生きている、ということ。あなたがいなくても平然と生きていける、ということ。
あれがゴールではなくスタートだったのだ、ということ。
060208
#94 Nowhewe
あの日あなたが到達した場所は、とても大きな空洞だったのだと思う。
それはきっとあまりに大きすぎて、いったい何のために存在しているのか、何を内包しているのか、あるいはなんの意味もないのか、とにかく私にはその全容を掴むことができなかった。
あなたは私よりずっと背が高いから、私より少しはものが見えていたのだろうか。もしかしたら、その場所のことをよく見て、きちんと知った上で、そこに行くことを決めていたのかもしれない。自分には見えるものだから、私には何も見えていないという事実に気付かなかったのかもしれない。
私が隣にいるということさえ、忘れていたのかもしれない。
あなたはとにかく、何も見えない私をここに置いて、そこへ行ってしまった。
怖くて足を踏み出せなかった私はいま、完全に迷子だ。
060129