1031
 〈おもい〉を〈ことば〉に変えるのも、〈ことば〉から〈おもい〉を抽出するのも、どちらもすごく難しい。
 そんな拙い言葉で伝わっていると思うことこそがひどく傲慢なのであり、そんな穴だらけの理解力で共感したつもりになっていることがひどく滑稽なのであり、そしてそれらは同時に、なにものにも変えがたいほど美しいものであると、私などは感じるのであります。
1030
 あの時も、そうだったんだ。解ってるよ。もっともっと、どこまでも歩き続ければ、いつかどこかに辿りつけると、僕たちは信じすぎて、そして、どこにも辿りつかなかった。今は『どこか』なんてどこにもないことも、知ってる。
 けれども僕は、それでももうちょっと歩き続けようと思うんだ。
1029
 ねえ、まだ解らないのかなあ。
 大人になって、お金を持って、美味しいものを食べることを覚えても。授業を抜け出して行った、薄汚れた喫茶店で食べた手作りチーズケーキの味を、忘れるわけじゃないんだって。
1028
 どんなモノにだって、期待すればするほど、現実とのギャップに失望する理由も増えてゆく。
 でも、失望したことをヒステリックに喚かない。期待した自分に申し訳ないから、そんなことしない。
 そうやってまた私は、何かを期待して生きてしまうのだ。毎日、毎日を。
1025
 何年も生きてきて、解ったような振りをしていても。多分これからまた、私が知っているよりも悲しい出来事もあれば、私が今知っているよりも大きな幸せもあるだろう。生きている限り、また新しいことを知っていくと思ったほうが、いいじゃない。
 初めから全てを理解しようとするなんて、無理・無駄・無謀。
1023
 誰かが、悲しくて辛くてムネが押しつぶされるような苦しさを訴えたとき、そんな風に苦しんでいるのはあなただけじゃない、みんな苦しんでるんだ、って言うんだろうけどさ。実際、自分が悲しくて辛くてムネが押しつぶされるような苦しさを感じるときほど、そんなことを思う余裕なんて、ないんだよ。
 そう、ないんだよ。お互いにね。
1022
 気がついたら私は、中央分離帯に立ちすくんでいた。前進しても後退しても、高速で走る車に殺されるかもしれないと思う。だから、九十度方向を変えて、中央分離帯の上を歩いていくことに決めた。
 何処まで続くかわからないけれど、いつか何とかなるだろう。
1021
 寝ている間に私の身体はホカホカと温まってゆき、あなたはそれを肌で感じ取りながら、「おまえの身体はまるで赤ん坊みたいだ」と笑う。
 一人で目覚めるときの私の身体は、ひどく冷たいのに。
1018
 たった一言を伝えるだけの、勇気がないわけじゃなかった。ただ、たった一言を伝えるために遠回りをしすぎて、全てのタイミングを見失ったのだった。
 だからせめて今は、滑稽な僕の横顔を見て、笑ってくれればいいと思う。
 あなたが、笑ってくれさえすればいいと思う。
1017
 嫌いだと思うことには理由がある。
 だけれど、好きだと思うことには大抵理由がない。
 だからというわけではないけれど、僕はなるべく、誰にも何の印象も与えずに生きていけたら良いのに、と何時も願うのだった。
1015
 たとえこの先にどんな出来事が待っていたとしても、きっと私はそれを心から楽しむことができるし、同じことに対して、どうしようもないほど絶望もする。
 それが支離滅裂ではないことを証明するために、もう少し生き延びたいと思う
1012
 何かを為し得た後が気持ちいいことくらい、多分みんな知ってる。それは、この世に生れ落ちた瞬間から、体で覚えているようなことなのだ。
 だけど、その後に迫り来る、激しい虚しさに気がついたのは、いつだっけ?
1009
 溢れて私を満たすようなものではなく、また流れて私を変えていくものでもなく。
 擦り傷にジワリと滲んでいく赤い血のように、地味で、痛くて、だけど確実に熱を持っているような感情を、かさぶたを作るみたいにして、守っている。
1008
 ほんっと、アタシは。他人のコトとか全然キョーミないし。心底どーでもいーし。みんな、どーにでもなればいーじゃん、って思うよマジで。
 ……。
 けど、とても他人とは思えない人が、この世の中には、イッパイいるんだ。
1007
 「何考えてんだかわかんない」とは言ったものの、それはボクの考えていることを理解しようとしているんじゃなく、本当はキミの関心事は、ボクがキミのことをどう思っているか、の一点なんだよね。
 ボクも、その言葉を好きな人にしか使わないから。
1005
 ひとのことばの。
 裏の、裏の、その裏の、裏の、裏の、裏の、そのまた裏の、裏の、裏の、裏の、裏の、さらに裏をかいてばかりいるから、何が本当かなんて、すでに忘れている人。
1003
 身体が痛くて堪らなくて。気持ちは常に宙に浮いていて。何もやる気が起きないし、何処にも行く気がしない。そうやって閉じこもって、誰も知らない秘密を、作る、創る。もう尋常じゃない。
 僕はまだ、夏の病気を引きずっているのかもしれない。
1002
 無意識でも適当な分量のドレッシングを作れるようになっていたから、それを作って、一人前のルッコラにかけて食べた。しょっぱかった。
 これが、君が此処に居ないということなのか。
1001
 台風が来るから、早く帰ろう。ね、一緒に帰ろう。
 君と肩を並べて歩きたいがために、無理やりにでも言い訳を作ろうとしていた無邪気すぎるあの頃が、ちょうどこの雨の匂いみたいに、私の鼻を切なくくすぐる。