20040913
 
 泣くなよ。と言って、Nは私の頭を撫でた。
「泣かれてたって、どうしてやることもできないんだから」
「わかってるよ。でも、」
 私は、振り絞るように声を出す。本当に、わかってる。Nには彼女がいて、私の気持ちは受け止められない。そのくせ、私のこと一番理解してる振りばかりする。
「泣くなよって言われて泣きやむくらいなら、初めから泣かないよ!」
 怒りを吐き出すにつれて声が大きくなる私の頭を大きな手のひらでもう一度ポンと叩いて、彼はふっと笑った。
「大丈夫、オレへの怒りで涙も止まってるじゃん」
「!」
 やっぱりNは、私のことを解りすぎてる。だから嫌いで、だから好き。

0830
「あなたも一回、地べたにでも座ってみなさいよ」
 彼女にワケ解らないキレかたをされたので、僕は意地になって本当に地べたに座った。彼女も黙ったまま僕の隣にちょこんと並んで座る。僕らはしばらく目の前を流れていく人たちを眺めることになった。
 多くの人は、僕たちを背景とも思っていない様子で通り過ぎた。時々、あからさまに僕らを見下した視線を投げかけてくる人間がいて、不快だった。彼らの目が、ではなく、僕もそういう目で他人を見ていたことに気づいたから。
 彼女はいつからそのことに気づいていたんだろう。訊きたかったけれど、やめた。ただ黙って、彼女と同じ視点から街を眺める。
0821
 携帯に届くようにしているメールサービスはいくつかある。そのうちのひとつが、この【きょうの星占い】だ。毎朝届くけれど、これが驚くほど当たらない。
 今日はこんな風に書かれていた。
『会いたかった人と再会できそう。でも、昔のような関係に戻るのは難しいかも』
 ふ、と。予想外な人物の笑顔が頭をよぎった。
 どうせ当たらない占いなんだし、当たったとしても昔のように楽しく過ごすことが出来ないのなら、誰を思い出そうが関係ない。ない、けれど。
 ただ、当たらないと思いながらいつまでもそのメールを受け取っている私自身を、少しだけ責めてみたり、した。
0819
「そんなの、10年前の話だよ?」
 ふり向きざまに、彼女がとても弱く笑いながらそう言うので、僕は誰にも解らないくらい小さく肩を落として、答えた。
「10年か。まるで昨日のことのよう、とは言わないけどさ。10年前のことも去年のことも、同じように身近に思えてくるほど、年をとったんだな。ショックだよ」
「そんなことにショックを受けるのは、まだまだ若い証拠だよ」
 若いとか若くないとか議論すること自体が、もう若くない何よりの証拠だということを、僕は言いたかったけれどやめておいた。彼女の笑顔ははっきりと10年前とは違っていたけれど、それはそれで素敵だったから。
0817  
「私には、まっとうなシアワセなんて望めそうにないから」
 というあの子の口癖は、もうすっかり聞き飽きてしまった。それは、あの子が20代後半にもなって未だそんなことを自虐的に言うことで自分が特別だと主張してばかりいるから、ではなくて。まっとうなシアワセなんてものは、この世にはないから、かもしれない。……とか言って。
 すっかりやさぐれてしまったオトナを気取りながら、例えばランチで食べたサラダに入っていたレタスがすごく新鮮でシャキシャキしてて甘くて美味しかった時の気持ちを、シアワセ以外の言葉でうまく表現できなかったりもする私だって、まだまだ青くて情けなくて、そんで楽しい。
0701  
 同じ時間、同じ場所で、同じものを見たとして。その人が私と全く同じことを感じる人がいるとしたら、たぶんそれは奇蹟。
 私と全く違うことを感じる人がいることは、神秘。