20051031
  信じさせることよりも、信じることのほうが難しい。と、思えててしまうような今の厚顔な自分こそが、いちばん信じがたい。
20051027
 そう、たとえば。たとえばの話よ。
 私が死んだら、あのひとに虫の知らせくらいは届く? そしたら、少しくらい感傷は生まれる? 逆に、あのひとが死んだら? そしたら、その事実を誰かが私に知らせてくれる? そのとき、私は泣く?
 答えがもう手に入らないことぐらい、知ってる。だけど、そんなに自由に飛び回ってたら、訊きたくもなるよ、ねえ雪虫。
 大丈夫。私の身体は少しずつ適応してる。あの暖かい土地で過ごしたたった一度の冬には絶対知り得なかった、この街の冬の寒さに。
20050929
 アナタは笑うかもしれないけど。
 誰かが得意げに作った大きな落とし穴に、まんまと引っかかってみたい。今はそんな気分なの。

20050926
 建前だからって正しいわけじゃないのは当然として。
 だけども考えてみりゃ、計算やら衝動やらが絡み合ってすぽんと心の中に生まれ落ちた本音が、100%素直な気持ちってわけでもないわけで。
20050813
 「環境のせいにしちゃだめだ」と、あなたは言う。
 けれど、すべてが自分の責任だと悩むあの子に、私はかけてあげる言葉もないし。だったら、簡単に愚痴を言える対象をひとつでも多く見つけたほうが、すこしはしあわせ。
20050804
 シアワセってのは、掴むものでも探すものでも飛び込んでくるものでもなくて、ただ見いだすものなのだ、と。
 そう言ったくせにきみは、すごく寂しそうな顔をして笑う。
20050729
 きみは。
 私利私欲をいっさい捨てて悟りを開いたように生きたいと言う。
 ぼくは。
 私利私欲の思うままに生きられたらどんなにか楽だろうと思う。
 いずれにしてもぼくらはともに元来エゴイストであり、いずれにしてもぼくらはともに現在なんらかの摺り合わせをしながらギリギリ生きている、とてもよく似た同士なのだ。だから、愛しい。
20050714
 今日みたいな日は、たとえば自転車で向かい風に突っ込んでいくときの抵抗や疲労感すら、気持ちいいし楽しい。
 だけどそれは、風が冷たければ、砂埃が舞っていれば、私の機嫌が悪ければ。私はいつだって、いとも簡単にその乗り物をどこかに捨てることができると信じているからだ。

20050707
 生きた時間に比例して知識が増えてくのに反比例して自分がいかに無知であるかを知ってしまうことは、別に哀しくない。
 ただ、黙ってるのが至上の処世術だと信じてる自分が哀しい。

20050706
  そんなに昔の話じゃない。携帯電話が庶民の持ち物ではなかった時代、高校生がポケベルを持つようになる1年くらい前。私たちは時間を気にして家に電話しあったり、それでも家族の人につかまったりして妙に気まずかったり、ときどき誇らしかったりした。
 時代とともに必要なくなったあの緊張感は、なくなったわけじゃなくて、今でも胸の奥に疼いている。
 君へのメールが未だにぶっきらぼうになるのは、たぶんそのせい。