001 「溺レる」川上弘美 2002/11/5読

 実を言うと、いまさら、川上弘美を読むのは初めてでありました。食わず嫌い、とかいうのではなく。むしろ食わず好きというか。多分、読まずともどんな空気かが解っているような気がして、安心して読まずに来てしまいました。が、そう言っている間に何年も経ってしまったので、自分の気長さに嫌気がさしつつ、今回本読み生活を再開することに決めたとき、私はまず川上弘美を、しかも書店で見て自分が一番知らなかった短編集を選んでみたのでした。
 果たして、予想通り、川上弘美さんという人は、日本語の最も美しい部分をよくご存知で、それを使いこなすことがとても上手でした。それは、文字を追っているだけで、ある種の陶酔を感じることが出来るほどのもので、こういう日本語に、私はすごく憧れます。おはなしの内容自体に感銘を受ける部分は、残念ながら多くはありませんでしたが(少ないわけでも、ありませんが)、文体だけで読む価値があると感じられるも作品の放つ光は、あまりにまばゆい。
 次は是非、この人の長編を読んでみたいと思いました。


002 「最後の息子」吉田修一 2002/11/7読

 この人も気になりつつ読んだことがありませんでした。今年芥川賞を獲ったので、あえてデビュー作を選んでみました。文学界新人賞だったので、昔からこの作品が気になっていただけかもしれません。
 表題作「最後の息子」は、読者が物語に入り込めるまでに少々の時間が必要な気がしました。登場人物同士の距離感を掴むまでの時間。ビデオを通じて語り手が話を進めるという物語の構成上、それは必要なのかもしれませんが。面白かった部分はあるけれど、何かしら物足りなさも感じました。でも、新人賞受賞作に見られる独特のパワーは、感じました。
 三作目に掲載されていた「Water」が、イージーだけれどとても好きです。正直、泣きました。私の中には、どんな人間も青春時代(こと思春期の鬱屈)を丁寧に描くだけで少なくとも一つは小説が書ける、という法則があるのですが、まさにそういう感じの、鮮明な色を感じました。
 総じて、吉田修一はとても人間が好きなんだろうと思いました。そういう人間くささは、日本語で書かれた小説には、とても似合います。是非、他の作品も読んでみたいと思いました。


003 「ナイフ」重松清 2002/11/8〜9読

 以前読んだ「日曜日の夕刊」に次いで重松氏の作品を読むのは二つ目でした。前にも思ったのだけれど、この人はものすごい文章のテクニックに長けています。実際、扱っている題材は割と平凡なのだけれど、独特の小物使いの上手さだとか、徹底して主人公の目の高さに立った文体とかが、ものすごくリアルで、そこへきて、絵に描いたようなとまでは言わないけれどリアルの範疇で心に染みるハッピーエンド。なんだかベタなドラマを観てまだ泣ける自分を確認するようで、学ぶべきところが大きいと思います。ちょっと斜に構えて読むと、現代版の道徳の教科書みたいで、ちょっと厭ですが。
 表題作「ナイフ」よりも、他の作品のほうが出来が良い気がしてしまいましたが、気のせいかもしれません。少なくとも私は「エビスくん」が、一番好きです。だけど、「日曜日の夕刊」のほうが短編集としてはるかに優れていたような気がします。近いうちに読み直してみようと思います。


004 「レクイエム」篠田節子 2002/11/10〜12読

 力づよい短篇集でした。私は、篠田節子の文体が好きかどうかで言うと、それほど好きではないのだけれど。だからと言って認めないわけには行かないような、圧倒的なものを感じたりします。
 私が常にテーマとして意識しているバブルとその崩壊後という時代を中心に見据えているので、余計に興味深く読めたというのもあります。
 「ニライカナイ」「帰還兵の休日」などは、リアルを超越して尚よりリアルに近づいています。バブルという時代こそが、リアルを超越してしていたわけですから、それは当然のことで、すごい勢いで擬似バブル体験をしたような感覚に囚われます。あの頃、私は子供でしたが。もし十年以上早く生まれていたら、お立ち台で扇子を振るよりは、仕事とそれに伴って舞い込みつづける金に、翻弄されていたことでしょう。
 それとは別のテーマですが、表題作「レクイエム」もとても良かったです。呆然としながら読んでしまったくらいでした。ああいう小説を書けたらいい。


005 「太陽の季節」石原慎太郎 2002/11/13〜15読

 都知事サマの若き日の自己主張です。タッキードラマで気になってただけですが。
 良くも悪くも若気の至りがよく出ている青春小説群です。文章(句読点の位置などの基本的な事項)がめちゃくちゃで大変読みにくいような気がするのは、時代が違う所為かもしれないということでご愛嬌。それでも解るのは、その青春が輝いているのだ、というイタイくらいの自意識、です。まさに太陽の輝きを持つ季節。
 私たちの世代は大体、団塊世代から学んできた事が多い世代(団塊ジュニア)だと思いますが、更に20年くらい前、戦争を知っている世代の青春というのも、具体的な事象こそ違えど、青春時代は変わらないと思いました。いつの時代も、二十歳そこそこの人にしか書けない瑞々しさは変わりません。
 時代比較論とか風俗論とか、よく解らないけれど面白いです。そう言った意味で、文庫版解説(通勤電車のお供なので、基本的にわたしが読むのは文庫である)が、一番面白いかもしれません。