026 「人間そっくり」安部公房 2003/1/9〜11読
安部公房は頭が良いなあ、と、いつも感嘆してしまいます(とバカコメント)。
主人公を読者と同じようなスタンス(普通の人間であると自覚している、という程度のものですが)に立たせ、彼を追い詰めることで、この物語は全ての読者をも追い詰めます。おそろしい。
自分は一体何なのか。何が本物で何が贋物なのか。何が正常で何が異常なのか。人間はそういう答えも曖昧な都合の悪いことに対し、あまり疑わないように、便利な定義づけをしているだけです。私たちは、そうやって便利に生きていて良いと思います。けれど、時々は疑うことを忘れちゃいけないような気がします。少なくとも私にとって、この物語は、そういう警鐘のような働きがありました。
最後にストン、とSFという舞台に着地しているので、追い詰められても読者のほうは少し救われます。主人公はいつまで経っても救われないと思いますが。
027 「天鵞絨物語」林真理子 2003/1/14〜15読
昭和初期の上流階級を生きるハイカラなお嬢さんが貫く、最後まで悲恋の恋物語。
現代にもありそうな、芸術家肌の美しいダメ男にいいように弄ばれる、盲目な恋に陥った女の子、という構図ではありますが、何しろ昭和初期のお嬢さんなので、いかにハイカラでもとても一途なところがいじらしいです。恋敵の真津子も素敵です。この恋の顛末には、戦争や当時の世相も絡んでいたりするので、いつのまにか同情しながら読んでしまいます。
上流階級の生活についてはとりわけ丁寧に描かれているのが、スパーンと解りやすい価値観を持った林真理子風味であり、同時にタイトルとなっている「天鵞絨(ビロード)」の感触といった感じです。なにやら高級な。
しかし、上流階級のキラキラな感じよりも、その当時の文化学院の様子や、銀座の街並み、架空でない当時の音楽家たちの生演奏の様子など、文化的風俗的な描写こそが素晴らしいです。なんというか、この作者は本当にこの時代を生きていたのではないだろうかと疑うほど、生き生きとしています。こういった細かい取材には本当に脱帽。
028 「白痴」坂口安吾 2003/1/16〜17読
戦中〜戦後を舞台にした短編集でした。どれもこれも、女に対して肉欲しか感じない男と、貞操観念の壊れた女が物語を繰り広げます。
こういうものを読んだときは「愛について」とか考えるべきなのかもしれないけれど。私はなんだか、戦争というもの(というほど因果関係が強いのかは解らない。戦争のあったあの時代、というくらいの意味かもしれない)が、個人にもたらした心的な影響、みたいなものをとても感じました。私達はどんなに歴史を学んでも(私はあまり真面目に学んでいませんが)、戦争が国や人々の生活にもたらした影響くらいしかわからない。その時代を生きていたそれぞれの人が、何を考えて、どんなふうに生きていたのかなんて、知る由もない。
そういう、ミクロな時代の流れを読み取ることが出来る、という、それも私小説というジャンルの果たせる役割のひとつかもしれません。この世界にはただ、壊れた男と女がいます。
029 「A2Z」山田詠美 2003/1/22読
男に浮気をするチャンスがあるということは、確かに女にも同じだけのチャンスを与えているということだというのは、声を出して言っておきたいです。結婚を目前としている私は、かつて彼女が書いたゆりロバみたいなカップルでいつまでもいられたらと思いながらも、どこかであんなのありえないとも思います。この作品みたいな夫婦のほうが、現実的にはアリ。「愛すべき敵」というのは格好つけすぎですが(そこがエイミー風味)、恋という感情が薄れてからも唯一無二の存在でありたい。
個人的には、主人公の夏美にどうしてもキャラが被る友人がいて、その10年後を想いながらニヤけるという楽しみもありました。ほんと個人的。
しかし「ぼくは勉強ができない」の秀美ママが出てきたりするのが哀愁。そんな安っぽい読者サービス、要らないって。
030 「光と影」渡辺淳一 2003/1/23読
渡辺淳一といえば失楽園(でもその失楽園さえ読んでいない)というイメージを持っていたのですが、良い意味でイメージが壊れました。直木賞受賞の表題作に三篇を加えた短編集で、どれも病院に関わる作品です。外れなくすべて面白かったです。読んでよかった。
ここに描かれる、身体を怪我や病に冒された人、死にゆく人、そしてそれを取り巻く人の感情の生々しさを、私は知らずに生きてきてしまいました。普通の人は五体満足であることが当たり前で、そうではない世界で揺れ動く感情に偶に触れてしまうと大変うろたえます。とても冷静に受け止められない。専門分野を持っている人が独自の視点を余すところなく文章に出来ることほど羨ましいものはありません。
「薔薇連想」読後に、自分まで梅毒になったような気がしてしまいますが、まあそれも愛敬。
←