笑う犬のアンチテーゼ
 
 東京文芸センターの「20本の手」という競作に寄稿した作品についてのエピソードです。読み方は自由ですが、作品を読む前にこちらを読んでしまうと、作品の楽しみが少し減るかもしれませんので、ご了承ください。

::::::::::::::::::::::::::::::::::


 以前から掌編として考えていたプロットがあり、何かの機会に必ずや書こうと思っていたのですが、この度、ようやく東京文芸センターの一周年企画である「20本の手」で実現しました。本当は、「手」というテーマで書くと決まった時には、他のプロットを考えていたのですが、ふと「犬→お手」の構図が思い浮かび、ああこれは今書くしかないと思ったわけです。
 自分を人間だと思いこんでいる犬の話。

 実際に犬がどう考えているかは、私には解りかねるところです。が、私の実家に居る犬は、自分を人間だと思っているに違いありません。そして、彼(?)にとって、私は特別な存在のようです。自惚れというよりは、ただの犬好きの戯言と聞いてくださって結構なのですが、昔から、彼の私に対する態度は、他の家族に対するそれと全く違っていました。
 そもそも、実家に住んでいた頃だって、大して家に帰らなかった私は、彼に餌をやる頻度も、散歩に連れて行く頻度も、両親や弟たちよりも明らかに少ない筈なのです。だのに、私の顔を見るだけで、彼は尻尾を振って大喜び。何もしてくれないのを知りながら、全身全霊をかけて大甘え。家族にも不審がられるほどでした。

 私が家を出て、実家には数ヶ月に一度帰るようになると、それはますます奇妙な形になりました。私が帰ると喜ぶなら普通の犬なのですが、彼は形だけは喜んでいるところを見せて(一応尻尾は振っておく、という程度)、決して吼える事は無いのですが、目が笑っていません。妙に私に冷たい。と思いきや、他の家族が居なくなった隙を見計らって、私に話し掛けるのです。そりゃあもう大マジメな顔で、何か言っているのです。吼える声とは勿論違うし、「クゥ〜〜ン」と甘える声とも違う。明らかな意志を持って喋っている(積りになっている)のです。
「アウゥ〜ウ、アウオゥ、ガウゥゥン」
 勿論、私にだって意味など解りません。しかし、解ったような顔をして、時々相槌を打ちながら聴いてあげると、これがもう奴としては「俺の言葉、通じてる!」といった気持ちになるらしく、調子に乗るようになります。かくて、彼の「アウゥ〜ウ、アウオゥ、ガウゥゥン」という呟きは、小一時間続く事となります。

 彼は、他の家族が居るときには、決してそういう態度をとりません。私と二人きりになったときだけ、恐ろしく真面目な顔をしてそうするのです。さて、一体彼は自分を人間だと思い込んでいるのか、はたまた自分は犬である事は自覚しながらも人間と通じ合う事ができると信じているのか(ひょっとしたら、私も彼と同じ種族であるところの犬だと思われているだけかもしれません)。

 とにかくそんな私の可愛い犬への愛を込めて、今回、「合図」という作品を制作いたしました。主人公にとっては決してハッピーエンドではない物語ですが、おおもととなっている彼に、私が格別の愛を注いでいる事は確かなのです。彼の私への愛もまた。(2001/11/05)