僕の顔(WE ARE THE CHILDREN)
 
 子供の頃、ほんの一年ほど近所に住んでいた女の子の顔を思い出したくなって、古いアルバムを繰る機会に恵まれた。もともと写真を見て「思い出さがし」をするのは好きだったはずなのだが、ここ一年程はそういった事もしなくなっていたことに気付く。
 生まれた頃から成長していく様を客観的に見て、ひとつ驚いた事があったのだが、私の顔は随分と様変わりをしている。本人は全然変わったつもりは無かったのだが、まったく驚くほど時期によって顔(表情ではない)が変わっているのだ。

 厭な社会性を覚えてしまった幼稚園時代。
 他人との差異化に躍起になっていた小学校低学年。
 周りはみんな莫迦だと思って憚らなかった小学校高学年。
 周りが莫迦なのは当前と、少し優しくなったつもりの中学生時代。
 自分が莫迦になってしまえば世の中が楽しくなると悟った高校生時代。
 そんなこんなの過去の自分がすべて井の中の蛙だと恥じ入った十代末期。
 そして、築いてきたプライドをかなぐり捨てて建て直しに入った成人以降の私。

 それから今の顔。実を言うと、かなり幼児期――しかも幼稚園に入るより前の、本当に邪気が無い頃――の顔に戻りつつあるように見える(尤も、昔のほうが断然可愛い)。
 これは一体どういうことだろう。さまざまな事を覚え、考え、身につけていた結果が、無垢さ以外に何も持ち得なかった頃の表情を呼び戻すというのか。

 理由は幾つか思い当たる。結論は一つに突き当たる。
 色々な事をやってみて、色々な事を考えてみて、最終的には、私は私として生きるしかないということに気が付いたのだろう。
 だから、身につけたものを投げ捨てた。固めていたものをぶち壊した。
 無防備なる武装。今はこれで充分。


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 ちなみに「僕の顔(WE ARE THE CHILDREN)」というのは、バンドブームの頃にぽっと出て悪あがきをせずに消えていったKATZEというバンドの曲からタイトルをそのまま戴いた。

>初めて笑った時のことは もう忘れてしまったけど
>きっとすばらしいって気づいたから 今も笑ってるんだろう

 こんな歌詞が乗った、なにやらカントリー調の曲。結構好きだったのを、ふっと思い出す。
 私が今ここに書いている言葉も、彼らが声高に叫んでいた唄も、とうの昔に誰かが既に気が付いていた当たり前の事。だけど、誰かが書いたその言葉を何度読んでも、誰かが叫ぶ唄声をいくら聴いても、きっと体感しないと解らない。
 未だ経験していない事は山ほど在る。私の顔はまた変わっていくかもしれない。(2001/11/09)