タワムレ
 
 サークルで仲の良い男友達が居た、というのはありがちな話なのだけれど、サークルで仲が良くも悪くもない男友達が居た、というのはありがちな状況ながら話題になりにくい。だけど、あの人は確かにそういう人だった。

 同時期に同じサークルに入って、同い年で、少しばかり出身高校が近いことだけは、一番初めに会話をした時に聞いていたと思う。お互いにそれは前提として知っていたけれど、だからどうと言う事も無かった。
 二人きりになった事は無かったけれど、酒の席で一緒になったことは何度となくあったし、一緒にスタジオに入って練習した事もあった。私に振られた男を元気づけようと尽力してくれたことや、私の女友達に手を出そうとして(というか少し手を出して)顰蹙を買ったこともあった。だけど、それだけだった。ある程度の距離感があった為か、彼が良い事ことをしようが悪いことをしようが、私の中での彼のイメージは変わらなかったのだと思う。
 近くも遠くもない人。それが私にとっての彼だった。

 そんな関係が、二年ほど淡々と続いていたのだけれど、あの夜は、四月になったばかりで、少しばかり春の妙な緊張感でおかしくなっていたのかもしれない。私はとうとう彼と二人で酒を呑む機会に恵まれた。どちらが誘ったわけでもなく、成り行きでそうなった。
 終電の時間を過ぎてしまっても、時計をチラリとも見ることなく、二人で呑み続けた。いろいろな話をしたような気がするけれど、よく覚えていない。かなり酔った感じになってから店を出て、特に目的も無く真夜中の街をフラフラと散歩をして、人影のなさそうな空き地でどちらからともなくキスをした。
 その後、私たちはカラオケボックスで朝まで一緒に過ごす事にした。別にそこでセックスをしたわけではなかったけれど、歌を歌っていたわけでもなかった。ただ、良い時間を過ごしていた、とだけ思う。

 それをきっかけに私たちの何かが変わったわけでもなく、それから何ヶ月かして、私は他の男と付き合い始め、さらに何ヶ月か後には、彼も他の女の子と付き合い始めた。
 気がつけば、私にとっての彼は、近くも遠くもない人に戻っていた。卒業してからも、特に連絡を取り合うことは無いけれど、顔を合わせる機会があれば普通に幾つかの言葉を交わす。近くも遠くもない人。

 そんな関係に戻って、既に何年かが経っていた。
 私はすっかり社会人になり、彼は修士だか博士だかでまだ学生をやっていたある日、私たちはサークル関係の集まりで久々に顔を合わせた。他の懐かしい面々と同じように懐かしく感じながら、杯を交わしたり会話をしたり、席を離れたりしていた。
 ある時間に、私がそろそろ帰ろうかと思うと、彼もそろそろ帰る時間だったらしいので、なんとなく、二人で店を出ることになった。
 店を出て、私たちは懐かしい話をしながら歩き、ある瞬間、なんとはなしに何年か前に人影のなさそうな空き地でしたのと同じようなキスをした。そして、その事はやはり何の切っ掛けになるわけでも無く、私たちは近くも遠くもない関係にありがちなサヨナラの仕方で挨拶をして、何事も無かったようにお互いの帰る場所へ帰っていった。
 彼とのエピソードは、実際のところはその程度しかない。

 だのに、私はそのことを思い出せば、異様なくらい胸が躍ったり、ひどく苦しくて泣きそうになったりする。たった2回の、しかも単なる成り行きで起こったようなキスが、どうしようもなく忘れられない事だってあるのだ。(2002/3/28)