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【企画】100冊レビュー

(あらすじ)
 2002年夏の終わりに、あらゆる事情が重なり、私は突然の遠距離通勤を余儀なくされました。都内に住んでいたころと比べると10倍くらい電車に乗って過ごすことになった無為な時間を如何せん、と思ったときに、本を読むことくらいしか、私には思い浮かばなかったのです。
 折角なので、それも何か目標を持って臨もうと考えたところ、結婚するまでのおよそ半年で、私は100冊の本を読もうという考えにいたりました。
 しかし、家族のほうの不幸などがあり、結局100冊という目標は果たされませんでした。
 更新できなくなってから(61以降)15冊くらい読みましたが、精神的にも状況的にもレビューを書けるような状態ではありませんでしたし、ここはひとつ、スッパリとあきらめてこのレビューは60で終わりにすることにします。


001 「溺レる」川上弘美 2002/11/5読

 実を言うと、いまさら、川上弘美を読むのは初めてでありました。食わず嫌い、とかいうのではなく。むしろ食わず好きというか。多分、読まずともどんな空 気かが解っているような気がして、安心して読まずに来てしまいました。が、そう言っている間に何年も経ってしまったので、自分の気長さに嫌気がさしつつ、 今回本読み生活を再開することに決めたとき、私はまず川上弘美を、しかも書店で見て自分が一番知らなかった短編集を選んでみたのでした。
 果たして、予想通り、川上弘美さんという人は、日本語の最も美しい部分をよくご存知で、それを使いこなすことがとても上手でした。それは、文字を追って いるだけで、ある種の陶酔を感じることが出来るほどのもので、こういう日本語に、私はすごく憧れます。おはなしの内容自体に感銘を受ける部分は、残念なが ら多くはありませんでしたが(少ないわけでも、ありませんが)、文体だけで読む価値があると感じられるも作品の放つ光は、あまりにまばゆい。
 次は是非、この人の長編を読んでみたいと思いました。


002 「最後の息子」吉田修一 2002/11/7読

 この人も気になりつつ読んだことがありませんでした。今年芥川賞を獲ったので、あえてデビュー作を選んでみました。文学界新人賞だったので、昔からこの作品が気になっていただけかもしれません。
 表題作「最後の息子」は、読者が物語に入り込めるまでに少々の時間が必要な気がしました。登場人物同士の距離感を掴むまでの時間。ビデオを通じて語り手 が話を進めるという物語の構成上、それは必要なのかもしれませんが。面白かった部分はあるけれど、何かしら物足りなさも感じました。でも、新人賞受賞作に 見られる独特のパワーは、感じました。
 三作目に掲載されていた「Water」が、イージーだけれどとても好きです。正直、泣きました。私の中には、どんな人間も青春時代(こと思春期の鬱屈) を丁寧に描くだけで少なくとも一つは小説が書ける、という法則があるのですが、まさにそういう感じの、鮮明な色を感じました。
 総じて、吉田修一はとても人間が好きなんだろうと思いました。そういう人間くささは、日本語で書かれた小説には、とても似合います。是非、他の作品も読んでみたいと思いました。


003 「ナイフ」重松清 2002/11/8~9読

 以前読んだ「日曜日の夕刊」に次いで重松氏の作品を読むのは二つ目でした。前にも思ったのだけれど、この人はものすごい文章のテクニックに長けていま す。実際、扱っている題材は割と平凡なのだけれど、独特の小物使いの上手さだとか、徹底して主人公の目の高さに立った文体とかが、ものすごくリアルで、そ こへきて、絵に描いたようなとまでは言わないけれどリアルの範疇で心に染みるハッピーエンド。なんだかベタなドラマを観てまだ泣ける自分を確認するよう で、学ぶべきところが大きいと思います。ちょっと斜に構えて読むと、現代版の道徳の教科書みたいで、ちょっと厭ですが。
 表題作「ナイフ」よりも、他の作品のほうが出来が良い気がしてしまいましたが、気のせいかもしれません。少なくとも私は「エビスくん」が、一番好きで す。だけど、「日曜日の夕刊」のほうが短編集としてはるかに優れていたような気がします。近いうちに読み直してみようと思います。


004 「レクイエム」篠田節子 2002/11/10~12読

 力づよい短篇集でした。私は、篠田節子の文体が好きかどうかで言うと、それほど好きではないのだけれど。だからと言って認めないわけには行かないような、圧倒的なものを感じたりします。
 私が常にテーマとして意識しているバブルとその崩壊後という時代を中心に見据えているので、余計に興味深く読めたというのもあります。
 「ニライカナイ」「帰還兵の休日」などは、リアルを超越して尚よりリアルに近づいています。バブルという時代こそが、リアルを超越してしていたわけです から、それは当然のことで、すごい勢いで擬似バブル体験をしたような感覚に囚われます。あの頃、私は子供でしたが。もし十年以上早く生まれていたら、お立 ち台で扇子を振るよりは、仕事とそれに伴って舞い込みつづける金に、翻弄されていたことでしょう。
 それとは別のテーマですが、表題作「レクイエム」もとても良かったです。呆然としながら読んでしまったくらいでした。ああいう小説を書けたらいい。


005 「太陽の季節」石原慎太郎 2002/11/13~15読

 都知事サマの若き日の自己主張です。タッキードラマで気になってただけですが。
 良くも悪くも若気の至りがよく出ている青春小説群です。文章(句読点の位置などの基本的な事項)がめちゃくちゃで大変読みにくいような気がするのは、時 代が違う所為かもしれないということでご愛嬌。それでも解るのは、その青春が輝いているのだ、というイタイくらいの自意識、です。まさに太陽の輝きを持つ 季節。
 私たちの世代は大体、団塊世代から学んできた事が多い世代(団塊ジュニア)だと思いますが、更に20年くらい前、戦争を知っている世代の青春というの も、具体的な事象こそ違えど、青春時代は変わらないと思いました。いつの時代も、二十歳そこそこの人にしか書けない瑞々しさは変わりません。
 時代比較論とか風俗論とか、よく解らないけれど面白いです。そう言った意味で、文庫版解説(通勤電車のお供なので、基本的にわたしが読むのは文庫である)が、一番面白いかもしれません。


006 「なつのひかり」江國香織 2002/11/18~19読

 いわゆる江國香織とはひと味違う世界がここにはあるのですが、これをファンタジーと云うべきかどうかは、解りません。とにかく舞台は現実と非現実の狭間 であります。そんな中で、奇異な世界観、偏った愛情、人のこころの美醜、が、ここまで突き放した淡々とした言葉で、しかしとんでもなく生々しく緻密に、更 にいえば女性特有のあざとさを兼ね備えつつ書かれているという状態は、まさに「きらきらひかる」でブレイクした流れを受け継ぐ江國ワールドにほかなりませ ん。
 しかしまあ、やはりというべきか、物語よりも、ところどころに挿入されている名文のほうが気になります。なんでこの人は、こんなにこともなげに印象的な言葉の繋ぎかたをするのだろう、などと思います。
 いえ、物語も。私は、意外とこういうの好きなんだと気付きました。


007 「僕って何」三田誠広 2002/11/20読

 大学時代、ちょうど「僕」と同じように、大学に入って2~3ヶ月という時期に、一度これを読んだことがありました。そのときは、20年も違えば大学生も違う、という印象しかありませんでした。遠き昔の学生運動などに、無茶な憧れを抱いていた頃。
 今読み返すと、あまりに「僕」が愚鈍なので笑ってしまいます。自分のことが把握できない現象は、実際の若者にはありがちですが、ここまで一貫性の無い、いちいち状況に流れてしまう愚鈍キャラは、この時代の小説の主人公としては珍しいのではないでしょうか。
 しかしこの愚鈍さが、飽和している現代の若者像と割と一致するので、政治色抜きの青春小説としても、ひとつの問題提起にも受け取れます。今となれば、20年経っても大学生は変わらないのと感じることも出来ます。18歳の私は、あまりに狭い世界を、見ていました。
 ところで三田先生はご自作のwebサイトをお持ちのようで。


008 「人魚姫のくつ」野中柊 2002/11/21読

 結婚を目前とした私にはもってこいの小説でした。
 日本にはびこる全てのお姫様ワナビーに向けられた、ある種寓話的な物語です。が、あまりの後味の悪さに、びっくりしました。
 警鐘のような狙いで書かれたのだろうけれど、ここで描かれている恋愛や結婚こそが、現実とはかけ離れているような気がします。それは主人公の人格が不自 然に破綻している所為なのでしょう。これを現実ベースにもってきて共感したり考えさせられたりするのは、とても無理でした。ただ、旦那の犬アレルギーの一 節は、とてもリアルで良かったです。ああいうものに感じる愛情のほうが、リアルに解ります。
 昔から友人に「地に足をつけた恋してて可愛くない」と言われてきた私なので、余計にこの物語の言わんとしていることが無駄に感じるのかもしれません。
 だけどやっぱり、恋愛だって結婚生活と同様、日常なのです。


009 「忘れられた帝国」島田雅彦 2002/11/24~26読

 大学時代に、ナマ島田雅彦がこの作品のサワリを朗読するというイベントまで見に行ったくせに、分量が多かったのでなかなか読まずに来てしまった作品でした。
 「帝国」「あいだ」という概念を飲み込むために用意された第一章さえクリアすれば、あとはすんなり入っていける自伝的小説です。
 彼よりも少し後の時代に、また彼よりもさらに東京から遠い郊外に育った私には、多少の違いはあれどとてもよく解る感覚です。私もこういったテーマが非常 に興味深く、実際に自分の作中で16号同盟などという言葉を使ったりしていますが、郊外育ちの子供が大人になったこの時代、郊外というものは様々な背景を 含み持った、日本における一つの「文化」として成立しているといっても過言ではないでしょう。
 ところで、「帝国」とは何か、ということを常に念頭に置かなければならないこの作品を読み進めるうちに、私は「何処かではない、此処」という定義にたど り着いたのですが、なんともまあ全く同じようなことが宮台真二さんの解説で書かれていました。悔しいけれど、その解説も大変興味深かったです。
 やはり、60年代以降に生まれた人間にとって、郊外は文化なのです。


010 「膝小僧の神様」群ようこ 2002/11/27~28読

 小学生を主人公とした幾つかの短編集。
 大人が読む小説で主人公になる子供は、大抵がこまっしゃくれたお子様です。それは、そうでなければ読んでいて面白くないですし、実は子供とは実際に大変こまっしゃくれているものだという現実に則している部分もあるでしょう。
 群ようこさんの描く子供は、きっと私の子供時代の姿にも、とても似ています。しかし、なぜか共鳴しない部分があり、私はそれを、何故だろうと考えました。
 私が大好きだったドラマ「うちの子にかぎって」のことなども反芻して、ひとつ思ったのは、こまっしゃくれた生意気なお子様には二通りあるのです。自分を いっぱしの大人だと思っている子と、子供であることをひどくわきまえて「子供って大変なのよねー」などという子。同じ生意気でも、前者は単に扱いにくく、 後者は面倒ではあるが微笑ましい。そうして、私は残念ながら前者でしたが、これらの作品群における主人公たちも、「うちの子にかぎって」で面白かった役ど ころも、皆、無意識的に後者なのです。
 だから、こういう小説は、大人が読んでこそ面白いのかもしれません。


011 「C・ジャック」泉麻人 2002/11/28読

 私の敬愛する文化人の一人である泉麻人氏です。いつもは氏のコラムを愛読していますが、たまには小説もということで。
 大学卒業を目前にしてモラトリアムに留まりたい気がしている青年の、「自分を変えたい」願望みたいな物語と認識して読み進めましたが、泉氏特有の小道具 へのこだわりや、ものの考え方のなあなあ感が、いかにも80年代的若者像のリアルな姿なので(BGMは岡村靖幸の「カルアミルク」みたいな)、気がつくと ロールプレイングゲームのように、主人公と一緒になって冒険を楽しんでしまわざるを得ない状況になります。実際、あからさまに現実の中の非現実として描か れているのに、リアルに楽しめてしまうのです。舞台がコンビニというのが、最も大きな後ろ盾。
 そうやって引き込んでおいて、全く予想外の結末を持ってくるなんて。私は思わず身震いをしてしまいました。意外とすんなり現実を受け止めているなあなあ な主人公よりも、読者である私のほうが衝撃を受けてしまうという。使い古された手法で巧みに心を揺さぶるオカルト仕立てです。いやん。
 物語自体がエンターテインメント性に富んでいるので、これは文章というよりもむしろ映像で見たいなあと思ったら、とうの昔に映像化されていたようです、やっぱり。レンタルビデオ探そう。


012 「白い人・黄色い人」遠藤周作 2002/12/3~4読

 狐狸庵先生の、ごく初期の作品です。遠藤周作の作品は、私は今まで、実はエッセイしか読んでこなかったのだけれど、それは、キリストや外国人にあまり興味が無い所為かもしれません。そうして、そのことを氏の「黄色い人」で実感せしめられたのでした。
 彼の作品に描かれる黄色人、つまり日本人の信仰観というものは、私のそれと驚くほど一致しています。神という存在についてはいろいろありますが、日本人 は比較的、神にすがることをしないし、それゆえ神に縛られない。何が正しいとか間違っているとかではなく、単純に風土と歴史が編み出した国民性のようなも のと認識します。もちろん、日本人にもクリスチャンはいますが、「どっちでもいいよ」というのが私の正直な感想であり、彼の描く黄色人らしい考え方かもし れません。
 「白い人」のほうは、純文学的なテーマとアプローチでもってかかれており、外国人の話である所為か、普通に楽しめる小説でした。でも、興味が無くとも一度は聖書を読んでみなければならないなと思いました。


013 「人間ぎらい」田辺聖子 2002/12/5~6読

 「白い人・黄色い人」とのコントラストがあまりに強い作品で、あの後にこれを読むことにした自分も面白いなあと思ってしまったくらいです。たった一度の 背信行為で一生を台無しにして苦悩し続ける白い人に対し、この短編集に描かれてる日本人ときたら、あまりにトンデモなのです。浮気、二重結婚、お手軽なラ ヴアフェアー、などなど、など! だけど、それらはちっとも悪いこととして描かれておらず、彼女の描く登場人物は、「まあ、それはそれでがんばるしかしゃ あないわ」といった姿勢です。これは、意外とものすごい仏教的なのかもしれない、と思いました。私は仏教も解らないので、これも今後のお勉強の課題にして おきます。
 ところで田辺氏は、実際にそういう仕事をしているせいもあるかもしれないけれど、古文を現代語訳したようなつくりの文章を書くひとだと、私は常に感じま す。人についての描写よりも、大自然の素晴らしさやご飯の美味しさについてのこまかな描写で、あらゆることを語れるお方です。
 「もののあはれ」という言葉を、いつも思い出します。


014 「海になみだはいらない」灰谷健次郎 2002/12/7読

 まあいわゆる児童文学なのですが。灰谷健次郎さんの作品は、大人が読んでもじわーっとキてしまう作品ばかりです。というよりも、むしろ「子供が読んで理解できるのかしらん」などと思ったりします。が、そこはそれ、子供は子供で楽しめる要素もあるのだと思います。
 ちょうど私が小学校に入るか入らないかの頃に書かれた短編が集められているので、当時の小学生である登場人物と、当時の私の年齢が、とても近いのです。そういう文化的な時代背景もあって、うわぁっと子供の頃の記憶が蘇ります。
 子供の生きている世界は、物理的には大変狭いものです。けれど、大人の生きている世界よりもはるかに濃密です。一日の時間はとても長いし、毎日いろいろ な事件があります。今の私は、気付かないまま通り過ぎているものの、如何に多いことか。世界が曇ってしまったのではないことくらい、本当は知っているのだ けれど、いつのまにか私は、それを世界のせいにしようとしてしまう。
 読み終わって、すこしだけ世界に優しくなれました。


015 「優しいサヨクのための嬉遊曲」島田雅彦 2002/12/10~11読

 私は島田雅彦はあらかた読んできたのですが、なぜか読み逃していたデビュー作。ようやく読むことが出来ました。良くも悪くも、随所に若さが溢れんばかり の作品でした。確立されている島田ワールドが既にしっかりとここにあり、のちの作品でさらに花開くための土台とも言えましょう。しかし20年前の大学生が 既にこんなのを書いてしまっているという事実は大変せつないです。
 同時収録の「カプセルの中の桃太郎」からも同じことを感じましたが、この時代の若者というのは、時代の狭間にあるような気がします。60年代を引きずっ ている人や、標準的な70年代文化をもつ人に、少しだけ80年代的空気が入ってきているというニュアンスに解釈してみると、丁度良い感じです。それが、 『優しいサヨク』というものの考え方であり、『カプセルの中』という場所なのでしょう。
 それは、10数年後の私たちの時代とは、一線を画しているようにも見えますが、実はこれがさらに閉塞的な解放(カプセルの誇大化?)、大いなる個人主義に向かったことで、90年代文化が成り立ってきたような気もしました。
 しかし島田氏はエロいです。


016 「河童・或阿呆の一生」芥川龍之介 2002/12/16~18読

 かつて、ここに掲載されている「蜃気楼」という作品を崇拝していた知人から、強く勧められて読んだ本を、今更のように引っ張り出してきました。そのときには解らなかったものがあったし、今ならまた違った視点で読めるかもしれない、などと思いながら。
 これは芥川最晩年の作品が集められた文庫本です。ぼんやりとした不安、ひいては死の匂いがそこはかとなく漂ってきます。べつに辛気臭くはありません。む しろ、美しい感じすらあります。ただ、死を意識してしまった人間の内面に少しでも触れてしまうことは、泣きたくなるくらい切ないことだと改めて実感しまし た。この文庫本の中の作品だと、私には「河童」くらいが丁度良いのです。文学は内面を吐露するよりも、社会に対してのメッセージとして存在して欲しい。
 で、「蜃気楼」ですが、これは若い頃に読んだのと変わらぬ感想を抱きました。そして、それこそが「なるほどね、そういうことね」と私を納得させた最たるものなのでした。


017 「不思議な事があるものだ」宇野千代 2002/12/19読

 宇野千代のかなり晩年の作品を掲載した文庫本です。晩年の作品縛りというわけではありませんが、晩年と一言で言っても、彼女は芥川よりたった5歳若いだけなのに、晩年を迎えるのが70年も遅いという。これは、なかなか対照的な晩年対決ではないでしょうか。
 一般的にも、男性より女性のほうが平均寿命が長いようですが、それはひょっとして心的要因が大きいのかもしれません。女性は、大変強く前向きな生き物で す。そして流動的で現実に対する適応力があります(だけどそれは、肉体的には劣勢だからこそという気もします)。宇野千代さんはそういう女性の最たるもの として存在し、その人生を遺し続けてきました。「女流作家」の代表的存在として位置付けて問題ないでしょう。
 この文庫の中には、小説もエッセイも収録されていますが、何れにせよ晩年というひとつの地点から眺められた宇野千代さんの人生観というのが、よく滲んでいます。こういう人なら長生きするのでしょうね。
 なんとなく私も長生きするような気がしてきました。気楽なものです。


018 「中吊り小説」吉本ばなな他 2002/12/20読

 かつてJR東日本の車内中吊り広告スペースで連載された作品などを集めたオムニバス(?)小説。このキャンペーン、当時も気になっていたのですが、田舎ものの私は二三回見たくらいが精一杯でした。
 さて、この文庫本は、ジャンルもいろいろ、方向性もいろいろ、文章のおもちゃ箱みたいな感じです。人生を変えてしまうほどの作品はありませんが、確かに 退屈な電車の中で読むのに相応しい、楽しい作品ばかり。中吊りで読むのも良いだろうけれど、まとめて読むお得感も良いと思います。
 内容としては、「東京」がテーマの競作と言っても良いと思います。東京に深い思い入れを持っている著者の人選も素晴らしく、読み比べるのもオツなもので す。ただ、著者陣の大半が東京出身の人で、どちらかというとノスタルジーな方面に走りがちなので、私のような田舎ものは、多少の疎外感を受けたりします。
 全部の感想を述べたいくらいですが、ともかく自分の好み順で言えば、伊集院静、椎名誠、赤川次郎、あたりの作品が楽しめました。それと、村松友視の作品は別腹で。


019 「ア・ルース・ボーイ」佐伯一麦 2002/12/21読

 微笑ましいと言い切れない青春小説。
 主人公は、不良ではありません。強いて名づけるなら「不悪」でしょうか。いずれにせよ、いわゆる「普通」になることができません。彼は、ある種の正しさを貫き過ぎています。それはものすごく輝かしいけれど、だからこそ同時に痛々しくて、とても切ないのです。
 勿論、共感できる側面も多分にありますが、子供には読んでほしくない青春小説だと思います。それは悪い意味ではなく、逆に私は、むしろこの作品を、子離 れできない親に読んでほしいと思いました。彼らに、この小説の意義を理解できるかは別として、ですが。精神的なものも含めて、自立というのが世の中を知た めに如何に必要か、と。守られずに生きることで得るものが如何に重要かと。気づいてほしいものです。
 全般的には割と面白い小説だと思ったのですが、ヒロインの幹があまりにもひどい女であること(男を捨てるならちゃんと捨てろと)と、山田詠美の解説がひどくつまらなかったこと(かつて私は彼女の影響を大いに受けただけに)が、やや興ざめでした。残念ながら。


020 「クリスマス・イヴ」赤川次郎 2002/12/22読

 イヴに読もうと思っていたのですが、思わず先走りです。
 多くのホテルで「性夜」を過ごしていたカップルが多かったバブル時代のホテルを舞台にした、ドタバタミステリー仕立てのドッキリ勧善懲悪物語です(何が何やら...)。
 一応はミステリーの形式をとっているけれども、誰も殺されてはいないあたりも爽やかです。頭が悪いくせに好き放題に生きていて周囲に迷惑ばかりかけて恨 まれている、簡単にいえばウザい奴を、頭の良い人たちや、頑張って生きている人たちが、みんなで陥れてギャフンと言わせるというストーリーも、大変解りや すく気持ち良いです。複雑に絡み合った愛憎関係とか、芸能界事情、プロ根性やら何やらを、ドロドロしないようにスッキリ描く力量はさすがといった感じで、 無駄がありません。
 しかし、赤川次郎を読むのは中学生以来でしょうか(前述の「中吊り小説」で一編読みましたが)。書店の「クリスマスに読もう」というコーナーに並んでいた幾つかの作品から、自分がなぜこれを選んだかが、一番のミステリーです(わぁ)。


021 「定年ゴジラ」重松清 2002/12/24~26読

 企業戦士・郊外・ニュータウン、と。高度経済成長期に働き盛りだった世代における凡庸三種の神器を揃えた、そこらへんのオッサンたちが、引退後にそこらへんをブラブラしているという物語です。シリーズ連作ですが、長編といっても良いと思います。
 この物語は凡庸であるがゆえ、数年後の我が父の予想図であり、今現在も近所をブラブラしている近所のオッサンの身の回りのことであり、私がかつて仕事で パソコンのことを電話ごしに教えてあげた厄介な客の日常であり、同じ職場にいて半年前に定年退職した部長のその後であり、そうして、ひょっとしたら何十年 か後の自分と伴侶の姿かもしれません。市井の人々は、退屈を一生懸命駆け抜けて生きています。いとおしいくらい。
 舞台である『くぬぎ台』という街は、まさに私が育った街とそっくりです(ちなみに、うちとこは『はなみずき台』といいますよ)。ニュータウンが故郷になってゆく時代を、私たちは生きているのだと再認識しました。
 何気ない毎日を、少し愛してあげたくなるような後味が残ります。


022 「真珠夫人」菊地寛 2002/12/28~30読

 今年大流行した昼メロの原作さんなので、2002年最後の一冊に相応しいかと思い、読んでみる事にしました。どうやらこの作品、今年の昼メロとしてだけでなく、当時の新聞連載小説としても、かなり話題になったようで。
 ドラマは(実は一回も見ていないけれど)原作と時代背景が違うそうなので、単に小説として読みましたが、確かにこの作品には色々な要素が詰まっていて、 娯楽性の高い文学だと思います。一途な思いを抱えながらも、多くの男性を翻弄するという女性の内なる願望を満たし、劇的な一生を駆け抜けるヒロイン。ま た、女性の地位に関わる問題についてのメッセージ性を兼ね備えたり、当時のちょっとした文化的階層のサロン的な雰囲気の描写も、魅力的です。
 瑠璃子がもし21世紀に生きていたら、美人だという以外には別段ほめられるところもないような女性なのかもしれませんが、時代背景と絡めることで大変興味深くなります。これこそ、大衆に読まれるべき新聞連載小説ならではの醍醐味なのかもしれません。
 しかし、瑠璃子は横山めぐみで良いのか。それが、最大の疑問です。


023 「M(エム)」馳星周 2003/1/2読

 股よりも 心を濡らす エロ小説(字余り)
 ある種倒錯した、正常ではない性の世界を描いた短編4作品でした。ここで私が言う「正常」とは別に正しいという意味ではなく、ましてやノーマルなプレイ という意味でもなく、より動物的な本能に近い【好き→繋がりたい】といった自然な性観念のことですが、それとはまったく違った動機が人をすごい衝動に突き 動かしているというのが、この短編集に収録された4つの物語の共通点のようです。それゆえ、哀しい。切ない。
 そこにあるのは、【消す事のできない過去】だったり、【如何ともしがたい目の前の現実】だったりしますが、いずれにせよ心の中にあるどうする事もできな い空洞です。そして、人と繋がる事でそれを埋めようとするならば、その繋がり方がSMプレイになるというのは、何かしら、解る気がするのです。残念なが ら、私はまだそれを理屈で理解する段階まで到達していませんが。
 馳作品はこれまでに「不夜城」しか読んだことがありませんでしたが、うーん、こんな切ない作品も書く人なのですか。ちょっと好きになりそう。


024 「感情教育」中山可穂 2003/1/4~5読

 SMの次にレズを題材にした小説を読む私もどうかとは思いますが、私は人を好きになるのに性別などいちいち考えていられないと思いますので、同性愛を非難も擁護もしません。どんな恋愛も、惹かれあう気持ちに嘘が無い限り、自然な形なわけで。
 不幸な境遇(一般的に言えば)で生まれ育った二人の女性の半生を大雑把に追う1章、2章と、その二人が運命の相手として出会ってしまった3章から成る物 語ですが、私はそれぞれの章を別々の作品にして、もっと細かいところを書きこんでいったら、かなり好きかもしれないと思いました。逆の言い方をすれば、著 者の言いたいことが詰まり過ぎていて、痛々しいとも言えます。「~に捧ぐ」と冒頭に書かれているのも、つらいところです。
 解説に、彼女たちは同性同士であるにも関わらず強く惹かれあった、そういう気持ちこそ本物だというような記述があったのにゲンナリです。そんな言い方をしている限り、世の中の偏見が消えません。


025 「ユリイカ」青山真治 2003/1/6~8読

 久々に、やられたなあと思う作品に出会いました。読み始めた瞬間から、まるで自分の目の前に鋭い針が自分に向けられていて、今にも刺さってきそうな状態で静止しているかのような、とても静かな焦燥感を感じつづけました。
 元となっている映画を観ていないので不確かですが、これが単なるノベライズではないことは解ります。なぜなら、この作品には映像として思い描くことの出来ない部分が非常に多いからであり、言葉でしか成し得ない事をきちんと真摯に実行しています。
 監督であり脚本家である青山真治氏にとって、これが小説としては処女作だとのことで、確かに小説の書き方という点においては改善の余地も感じられるかも しれません。が、そんなことはすっかり凌駕する世界が、この言葉というフィルターを通した向こうに広がっているので、まったくもって問題なしです。
 究極まで突き詰めること。私にも、きっと必要なのでしょう。


026 「人間そっくり」安部公房 2003/1/9~11読

 安部公房は頭が良いなあ、と、いつも感嘆してしまいます(とバカコメント)。
 主人公を読者と同じようなスタンス(普通の人間であると自覚している、という程度のものですが)に立たせ、彼を追い詰めることで、この物語は全ての読者をも追い詰めます。おそろしい。
 自分は一体何なのか。何が本物で何が贋物なのか。何が正常で何が異常なのか。人間はそういう答えも曖昧な都合の悪いことに対し、あまり疑わないように、 便利な定義づけをしているだけです。私たちは、そうやって便利に生きていて良いと思います。けれど、時々は疑うことを忘れちゃいけないような気がします。 少なくとも私にとって、この物語は、そういう警鐘のような働きがありました。
 最後にストン、とSFという舞台に着地しているので、追い詰められても読者のほうは少し救われます。主人公はいつまで経っても救われないと思いますが。


027 「天鵞絨物語」林真理子 2003/1/14~15読

 昭和初期の上流階級を生きるハイカラなお嬢さんが貫く、最後まで悲恋の恋物語。
 現代にもありそうな、芸術家肌の美しいダメ男にいいように弄ばれる、盲目な恋に陥った女の子、という構図ではありますが、何しろ昭和初期のお嬢さんなの で、いかにハイカラでもとても一途なところがいじらしいです。恋敵の真津子も素敵です。この恋の顛末には、戦争や当時の世相も絡んでいたりするので、いつ のまにか同情しながら読んでしまいます。
 上流階級の生活についてはとりわけ丁寧に描かれているのが、スパーンと解りやすい価値観を持った林真理子風味であり、同時にタイトルとなっている「天鵞絨(ビロード)」の感触といった感じです。なにやら高級な。
 しかし、上流階級のキラキラな感じよりも、その当時の文化学院の様子や、銀座の街並み、架空でない当時の音楽家たちの生演奏の様子など、文化的風俗的な 描写こそが素晴らしいです。なんというか、この作者は本当にこの時代を生きていたのではないだろうかと疑うほど、生き生きとしています。こういった細かい 取材には本当に脱帽。


028 「白痴」坂口安吾 2003/1/16~17読

 戦中~戦後を舞台にした短編集でした。どれもこれも、女に対して肉欲しか感じない男と、貞操観念の壊れた女が物語を繰り広げます。
 こういうものを読んだときは「愛について」とか考えるべきなのかもしれないけれど。私はなんだか、戦争というもの(というほど因果関係が強いのかは解ら ない。戦争のあったあの時代、というくらいの意味かもしれない)が、個人にもたらした心的な影響、みたいなものをとても感じました。私達はどんなに歴史を 学んでも(私はあまり真面目に学んでいませんが)、戦争が国や人々の生活にもたらした影響くらいしかわからない。その時代を生きていたそれぞれの人が、何 を考えて、どんなふうに生きていたのかなんて、知る由もない。
 そういう、ミクロな時代の流れを読み取ることが出来る、という、それも私小説というジャンルの果たせる役割のひとつかもしれません。この世界にはただ、壊れた男と女がいます。


029 「A2Z」山田詠美 2003/1/22読

 男に浮気をするチャンスがあるということは、確かに女にも同じだけのチャンスを与えているということだというのは、声を出して言っておきたいです。結婚 を目前としている私は、かつて彼女が書いたゆりロバみたいなカップルでいつまでもいられたらと思いながらも、どこかであんなのありえないとも思います。こ の作品みたいな夫婦のほうが、現実的にはアリ。「愛すべき敵」というのは格好つけすぎですが(そこがエイミー風味)、恋という感情が薄れてからも唯一無二 の存在でありたい。
 個人的には、主人公の夏美にどうしてもキャラが被る友人がいて、その10年後を想いながらニヤけるという楽しみもありました。ほんと個人的。
 しかし「ぼくは勉強ができない」の秀美ママが出てきたりするのが哀愁。そんな安っぽい読者サービス、要らないって。


030 「光と影」渡辺淳一 2003/1/23読

 渡辺淳一といえば失楽園(でもその失楽園さえ読んでいない)というイメージを持っていたのですが、良い意味でイメージが壊れました。直木賞受賞の表題作に三篇を加えた短編集で、どれも病院に関わる作品です。外れなくすべて面白かったです。読んでよかった。
 ここに描かれる、身体を怪我や病に冒された人、死にゆく人、そしてそれを取り巻く人の感情の生々しさを、私は知らずに生きてきてしまいました。普通の人 は五体満足であることが当たり前で、そうではない世界で揺れ動く感情に偶に触れてしまうと大変うろたえます。とても冷静に受け止められない。専門分野を 持っている人が独自の視点を余すところなく文章に出来ることほど羨ましいものはありません。
 「薔薇連想」読後に、自分まで梅毒になったような気がしてしまいますが、まあそれも愛敬。


031 「神様」川上弘美 2003/1/24読

 あーはー。この作品について上手く言い表す言葉を考えたのですが、最終的には「文学の様相をしたややオカルトな不条理ギャグ短篇集」というところに落ち着きました。うーん、私はそれでまあまあ満足です。
 何しろ笑うところ満載で、いえ、そこで笑っていいのかは解らないのですが、だって面白いのだから仕方ありません。ものすごい良い発想の泉だと思います。 素直に感動。不条理なことばかり身の回りに起きているのに対し、なんとなく「えーまじでー」というような印象をもちながらも(というニュアンスは垣間見ら れる)、それらをきちんと受け止めている主人公の一貫した態度も、とても素敵です。いえ、主人公だけではなく、ここに収録されたどの物語をとっても、登場 人物がみなそれぞれに(わけがわからないながらも)大変に魅力があるというところに、この読後感の気持ちよさの秘密がありそうです。
 つまり、著者の愛を感じます。


032 「この人の閾」保坂和志 2003/1/26~27読

 とりとめもなく、という言葉がとても似合う短篇集だと思います。良い意味で。
 大体人間の思考なんてとりとめのないもので、色んなものを見たり人と話したり何かに触れたりしながら即時的に思うことには一貫性がなく、だけどそれらの 全体を見て集約していくところにはある一貫性が現れて、それを人間性と言うのかもしれません。だとしたら、私は保坂和志さんの人間性がすごく好きです。
 そういった個人的な好き嫌いを除いても、そういうとりとめのないことをだらだらと書いているように見せながら、きちんと読ませる文章というのは、私が高 らかに宣言しなくとも高度な技術であることは自明で、けれどそんな技術のことなどを考えるよりも前に作品の中の世界に呑まれてしまいます。
 一番のお気に入りは「東京画」です。
 主人公(著者?)の観察眼は、鋭いのに突き刺さらない。細かいようでいて世界の全てを包み込んでいるような大きさがある。
 そういう風に生きていたいな、と思うのです。


033 「地下街の雨」宮部みゆき 2003/1/28~29読

 ジャンルにとらわれていない、色々な試み(?)の垣間見られる短編集という印象です。どの作品も、少しだけ背筋が冷たくなったり、少しだけ切なくなったり、少しだけ泣きたくなったりします。
 それは著者の幅広い才能を顕していてすごいといえばすごいのですが、逆にいうと本領を発揮していない感も否めなかったりもします。読んでいる間は割と夢 中にさせられて「そして何が起きる?」「このタネあかしは?」と色々想像を膨らませてしまうのですが、それだけに読後感で「あともう一歩ゾッとしたかった なあ」などと思ってしまう感じです。そこらへんは、宮部みゆき氏の代表作品を読めばそれで良いのだろうから、別に不満というわけでもないのですが。
 一番気に入ったのは「勝ち逃げ」です。下世話な部分と、人ひとりの人生という思い部分のバランスが取れていて。ちょっと伏線が見え見えでオチは簡単に読めてしまいますが、あるべきところへの着地という感じで。


034 「エロ事師たち」野坂昭如 2003/1/30~2/1読

 ポルノじゃないよ!
 と高らかに言ってしまいたくなる位、読むのはちょっと恥ずかしかったのですが、面白かったです。昭和40年代くらいの、エロ産業に関わっている男たちの 物語。彼らはみなふざけているように見えることも多々あるのですが、エロ(仕事)に対しても、自分に対しても、仲間に対してもとても真摯だからこそ、物語 が繰り広げられているのが解ります。やはり小説を書くということは生きることだ、というようなことをいたく感じるような、そんなパトスを感じます。
 噺家が喋っているような、独特なリズムのある文体も、読んでいて大変クセになるので、大変気分はよろしい。そして、その癖になるような口調が変わった途端に訪れる、意外で哀しい気がするエンディングには、思いのほか胸を突かれてしまいます。ああ、スブやん!
 こんな作品を引っさげて文壇にデビューした人が、既に何十年も前にいるということに、危機感を感じたりもしますが、兎に角良い作品だと思いました。


035 「恋愛映画」鎌田敏夫 2003/2/3~4読

 鎌田敏夫イコール金妻、という刷り込みイメージのある私ですが、彼の小説を読むのは初めてでした。ですが、ああやはり鎌田敏夫だ、と思います。
 一つひとつに映画のタイトルが付けられた短篇連作で、そのタイトルに据えられている映画のことを話しながら、男と女が惹かれあったり何だりというストー リーですが、ひょんなことで映画を一緒に見ることになった1組の映画好きな男女の話ですが、全編に亘り、二人の会話で綴られており、地の文は一切ありませ ん。
 そういった形式をとっている以上、映画について話すときだけは、どうしても説明っぽい台詞になり、一緒に映画を観た男女はあんなふうに映画のことを話し たりしないだろうと鼻白むこともありますが、それでも、彼らの会話だけで観たことの無い映画の大筋すら解るようになっています。この男女を取り巻くほかの 登場人物のこともよく解ります。彼らが会話の裏で考えている複雑な感情まで。
 数々のドラマをヒットさせた脚本家の力量見たり。すごいことです。


036 「いもうと物語」氷室冴子 2003/2/4~5読

 とりあえず、北海道の都心部ではない場所に育つ子供たちの物語で、時代背景的には私よりも二十歳くらい年上の人たちが子供だったときくらいだと思われま す。全体的に何ていうことはない短編連作なのですが、私が今までに取りあげてきた中で子供が主人公のものとここで描かれている世界はなぜか相容れない雰囲 気があります。
 「いもうと物語」は、強いていえば「ちびまる子ちゃん的世界」として子供世界を描く大人向け小説という感じで、ごく普通の子供時代を過ごしてきた人なら ばこちらの方が懐かしみや微笑ましさを覚えるのでありましょう。「ちびまる子ちゃん」はアニメ化のあたりから変な路線に進んでしまいましたが、元々はこう いったほのぼのしみじみ系だったなあ、と。
 北海道の小学生たちにとっても、そのシーズンの初雪というのはワクワクするものなのだと解ったのが嬉しかったです。私も来年の冬は向こうで過ごします。


037 「イノセントワールド」桜井亜美 2003/2/6読

 桜井亜美に関しては、以前他の作品を読もうとして、どうしても受け付けなくて途中で辞めてしまった経緯があったのですが、これを機に乗り越えようと、とりあえずデビュー作を手に取ってみました。
 この作品、十代の頃に読んでいたらかなり衝撃を受けていただろうと思います。ただ、主人公や知恵遅れの兄のことや彼らを取り巻く色々な要素について熱くなれるほど私も若くなくなってしまいました。
 「'90年代的」というキーワードが最もハマる作品だと思います。五年早くても五年遅くてもリアリティがない、生きた少女の物語です。今の時代には ちょっと古くさい感じになってきてしまっているかもしれませんが、もう二十年位のちに「これが'90年代だったんだ」というイメージで読むのは、的はずれ じゃないでしょう。'90年代の女子高生がみんなこうだということではなくとも(例えば私だって'70年代の若者がみな「限りなく透明に近いブルー」だと 思いませんし)。
 こういうところに私は、文章を残しておくことの偉大性を感じます。


038 「朝のガスパール」筒井康隆 2003/2/8~10読

 メタフィクションという、ものすごい物語の構造そのものもさることながら、兎に角試みに意義のある作品。新聞連載という小出しの特性を活かし、投書など の意見を取り入れて読者と作る小説という形態です。私は当時、音楽と恋愛にしか興味の無い低能な女子高生で、リアルタイムでこんなすごいものを見ようとも しなかった事を悔やみます。パソ通での書き込みも視野に入れたことで混沌を呼び、それについての論評部分が私には一番楽しめました。ちなみに漫画では相原 コージも何年か前に似たようなことをやりましたが、ズタズタになっていました(私は面白いなあと思いましたが)。
 テキストサイトをやっている人やネットで小説を公開している人は、こういう作品を運営にあたっての教科書にしたら良いと思います。読者とは本質的にいかなるものか。自分の著作を公開するのにどれだけ責任と覚悟を持つべきなのか。課題は幾らでも転がっています。
 かの愛蔵太も実名で出てますし。


039 「ハチ公の最後の恋人」吉本ばなな 2003/2/11読

 一言でいうと、初恋アンソロジー小説、とか。勿論、マオみたいな女の子はそう簡単にいませんし、彼女とハチのような関係を初恋として経験する人は皆無といって問題ないとは思いますが。
 全編に亘り、初恋を忘れかけそうな歳の人間が、初恋の時代を少々美化しつつ思い出すときのセンチメンタリズムに似たようなモノに満ちていて、温かい意味で泣きたくなりました。
 恋愛というモノを覚えたとき、人はまず(その相手ではなく)自分自身と向き合わなければならなくなるので、確かにそれが人生の一つの大きな転機になると 思います。そして、そうであるにもかかわらず、実際にそれが手慣れて日常になって行くと、忘れてゆくモノが多いことにも気付かなかったりします。そういう 曖昧なモノを、思い出させてくれる小説です。
 結婚して、これから恋愛生活が日常になるという私にとっては、今読んでそんなことを感じたことはとても意義のあることのような気がしました。


040 「ゴッド・ブレイス物語」花村萬月 2003/2/12読

 絶賛するほどではないですが、好きです。花村萬月という作家の醍醐味は、この作品では存分には味わいきれない気もしますが。なにしろバンド少女出身とい うアレな過去を持つ私といたしましては、ゴッド・ブレイスというバンドとそれを取り巻く人たちの、ありえないのに意外とリアルな存在感が妙に印象的です。
 バンドものでありながら、クライマックスまでヴォーカルである朝子が気持ちよく唄える場面が無いという古典的な展開も、とても良いです。朝子の唄への思 い入れは、クライマックスまでに読者に既に理解されるように物語が構成されているので、ライブ場面がおのずと際立った輝きを放つのであろうと思います。
 バンドメンバーで唯一の女性がこんなに魅力的だと、どうも皆兄弟になりがちな気がするのですが、それぞれのワケありな背景によってそこらへんのバランス がうまく取れているあたりは、少々非現実的だというような気がします。そんなわけで、思ったより恋愛に恵まれない朝子ですが、9歳の少年に片手で腕枕をし てあげながら、もう一方の手で自慰をするというシーンは、激萌えです。


041 「彗星物語」宮本輝 2003/2/13~14読

 『物語』を読むのであれば、なんだかんだ言っても自分はこういうのが一番好きだなあ、と思う種類の物語です。12人と1匹のワケありな大家族が留学生を 受け入れるという、基本的にありえない設定なのですが、それがまるで身近な家族のように感じられるのは、生活だとか日常だとかを緻密に描く手腕、ひいては それらを愛する心があるからではないかと思ったりします。心温まります。ラストシーンは当然泣けます。
 だれも脇役なんかじゃなくて、みんなにとってみんなが重要人物であって、そういう中で人とわかりあったり人とわかりあえなかったりする、ただそれだけの 日常風景が、留学生というスパイスによって彩られて。良くも悪くもバタバタする時期ってのは必ずどんな家族にもあると思いますが、そういう時期こそが一生 の中でも一番忘れられない思い出になるのかもしれません。
 なお、犬好きまたはショタコンならば、萌え特典もついてお得です。


042 「女たちの輪舞曲(ロンド)」家田荘子 2003/2/15読

 大抵のことに動じない私ですが、さすがにこの作品にはちょっとヒいてしまいました。家田荘子はどこへ向かっているのでしょうか。いや、彼女の狙いはよく 解ります。が、色々と過激なネタを扱っているうちに、普通の感覚をなくしてしまったのではないかと思うくらいエグいです。エグいの見本です(賞賛してるわ けじゃありません)。
 とにかく。騙されて撮られたAVが学校の先生に買われ脅されたことをすべて人のせいにするアホな女子高生が、仕返しにオヤジを誘ってセックスすると見せ かけてアイストングで眼球をえぐりだすのは、いくらなんでもやりすぎ。アリかナシかで言えばナシ。もはや官能も感傷もないし、不気味ですらありません。
 とはいえ、幾つかあった短篇の中でこのシーンが私の脳裏に異様に強く残ってしまっていることを考えると、やはり書いた彼女の勝ちなのかもしれません。


043 「さようなら、ギャングたち」高橋源一郎 2003/2/17読

 そもそも私の中で高橋源一郎氏はあまり小説家というイメージではなく、書店でも小説を見かけることが殆どなかったのですが、以前から読みたいと思っていてようやくこの作品を入手しました。
 読んでいると無意識のうちに、ことば、というものについて考えさせられる感じがします。それは、小難しくて学術的なものでは決してなく、散文詩的だとか いう形式のことを指すのでもなく、もっと人の根本的に根付いている部分から出る、あるいは人の根本的な部分に訴えかけてくる、ことば、というもののような 気がします。
 うーん、私は今、自分が言っていることが微妙すぎて訳がわかりません。とにかく、ストーリーにのめり込むでもなく、登場人物にのめり込むでもないのに、作品にはのめり込める。その理由は、ことば、しかないかなあ、と。
 ものすごくせつない。けれど、何故せつないのかがわからない。そこが、気持ちいい。


044 「インディヴィジュアル・プロジェクション」阿部和重 2003/2/18読

 決して嘘臭いわけではないのに希薄な現実感。全ての登場人物が重要そうでそうではないようで錯綜する人間観。もはや誰が何で何が誰だかわからなくなるような自我の崩壊。とか、とか。
 そういうものをひっくるめて、謎の多いまま全ては進んでいきますが、著者がこの作品を通してもっとも言いたいことは、渋谷の若者の生態でもなければ、暴 力でもなければ、謎のスパイ活動の件でもなく、おそらくタイトルそのまんまの事なのでしょう。色々なエッセンスが効きすぎて主題が見えにくくはなっていま すが、やはり主人公(の主人公?)が一人で壊れてゆくさまは、重さの割には怖くもキモくもなく、大変興味深いものでした。
 そして、読者も一緒に大いに混乱させておいて、最後のたった数ページで覆すというその構成には、思わずニヤけてしまった次第であります。
 初めからこういう結末を想定して全てを書き進める気分って、かなり爽快なのではないかと思います。


045 「眠れぬ森の美女たち」香山リカ 2003/2/19読

 精神科医の香山リカさんが小説としてははじめて書いた文章だとか。良くも悪くも理系のひとが書く文章だと思いました。
 がんばってきたけれど老後が心配な女性たちが共同生活できる場を提供する商売を始める元精神科医の視点で書かれていますが、一人称で書かれていなかった ほうが良かったかもしれません。読者が共感したいのはおそらく主人公ではなく、彼女を取り巻く色々な問題を抱えた女性たちのほうでしょうから。それにして も、老後の共同生活はきっと楽しいと思います。50年後に自分が元気で、こういう施設が本当にあったら、ちょっと入ってみたいなあ。
 ところで、私は女性性に寄りかからずに、それでいて女性であることを楽しめればいいな、と考えました。確かに女性ならではのカルマめいたものというのは あるし、それに本能的に縛られているのが女性だと思うのですが、だからといって悲観的になるようなことは何もないです。楽しいです。


046 「満月物語」薄井ゆうじ 2003/2/20読

 幻想的でほんのり恋愛なオカルトファンタジー(?)です。
 竹取物語のパロディーでもなく、現代版かぐや姫とかいうのとも少しニュアンスが違うと思いますが、かぐや姫の物語だと言って良いと思います。
 祖父から突然届いた手紙、月に帰らなければならない女の子、謎の方言が横行する不思議な島、不気味な寺。考えてみると訳の解らないことだらけの設定ですが、主人公が常にその状況をいぶかしんでまったく信用していないところに、妙なリアリティがあります。
 読んでいるうちに結末はだいたい見えてしまうのですが、その幻想的な美しさと、オカルト的な不気味さと、ミステリー的な謎解きが良い具合にミックスされていて、不思議な魅力があります。
 何故だか気持ち良い物語でした。


047 「ナイン」井上ひさし 2003/2/22~23読

 フィクションなのかどうかが定かではない短編集です。エッセイに近い私小説という感じでしょうか。東京の、井上ひさし氏にとってゆかりの土地を舞台に、大きな事件があるというわけではなく、些細な出来事や人間模様から「何か」を感じ取るというタイプのものです。
 細かい観察力と分析力を駆使して生きている人だと思います。普通の人だったら見逃したり聞き逃してしまうような出来事が、いくつもの緻密な物語を織りなしていて、興味深いです。
 舞台となっているのが東東京(最西で新宿)だというのがまた良いです。総武線とかよく出てくるので、井上ひさしは昔から何となく親近感があったのです。時代は違えど、私の好きな東京風景の中で生きてきた人だ、と思います。
 そして、実のところ、自分が一番書きたい小説は、かなりこれに近いと思いました。もう書いている人がいるので、真似をしても仕方ないのですが。


048 「家族会議」横光利一 2003/2/24~26読

 兜町で株式売買を商売としている男の、株と恋愛をめぐる物語です。主人公の男を四人の女が取り巻いています。四人の女は、それぞれ主人公の思い通りには動きません。それぞれの考え方があり、それぞれの愛し方があり、それぞれの生き方があります。
 読むのにかなり時間がかかってしまいました。というのも、ひとつには、恥ずかしながら私は株の仕組みすらよく解らない無学の人間だからであり、もうひとつには横光利一の「純粋小説論」を併せて理解しようと思ってしまったためです。私の杜撰な読解力で把握した範囲内ですが、なるほど、これは彼の純粋小説論に従った小説なのだということが解りました。
 まあ、もはや純文学だとか通俗小説だとかいう曖昧な概念で文学をカテゴライズするのは、どうかと思います。彼らの時代には彼らの時代の考え方があるというだけのような気もします。
 ただ、文芸復興を起こそうと考えている人は、いつの時代にもいるのだなあ、ということを感じるのは、とても好きです。


049 「消えたミステリー」 森瑶子 2003/2/27~28読

 実は森瑶子って好きじゃない(その割には読む)のです。
 なんというかこの人は、女のあざとさを遠慮なく書いてしまう人というイメージが私の中にありまして。いやあ、そんなに女の手の内を暴露されると困ってしまいます、といった感じで。いわば、自分の恋人には読んで欲しくない作家ナンバーワンといった感じでしょうか。
 しかし、この作品はそのあざとさが良い方面に出ていて、面白かったです。森瑶子ワールドはきちんと繰り広げつつ、幾層にも重なった現実と虚構のフィルターの間で揺れ動く愛憎関係が紡ぎだすミステリー、かと思いきや実は! みたいな。
 この際、誰が被害者で、誰が加害者で、どういった動機によってどんなトリックを使った、ということは、あまり関係ありません。大切なのは、結局誰が主人公なのか。森瑶子本人なのか。どこに落ち着くのか。というあたりに集約できそうです。
 そんな混乱こそが、ミステリーが消える理由なのかもしれません。


050 「夫婦茶碗」 町田康 2003/3/3~4読

 世の中には、ダメ人間が溢れんばかりに存在します。類が友を呼んでいるだけかもしれませんが、少なくとも私の周りにいかにダメ人間が多いことか。
 で、ダメ人間にも良いダメ人間と悪いダメ人間というものがあります。それらを区別する要素は、おそらく本人が大真面目か否かという一点に尽きるでしょ う。大真面目に生きてもダメ人間、では救いようがないように見えるかもしれませんが、そうでもありません。そもそも不真面目に生きればダメ人間になるのは 至極当然で、そういう人は「真面目にやればいい」と言われて終わりです。
 町田康の書く人物というのはたいてい大真面目なダメ人間です。一生懸命生きれば生きるほど、世の中や現実とのズレが生じ、それは、あくまで客観的に見る と面白いので、面白い小説になってしまいますという寸法です。どんなにダメでも、彼の書くダメ人間となら、私は結婚してもいいなあと思います。苦労します が。
 ちなみに私は悪いダメ人間なので、もっと真面目に生きようと思いました。


051 「海の鳥・空の魚」鷺沢萌 2003/3/5~6読

 なんでもないことを書いている掌編が沢山あります。
 なんでもないことをなんでもないように書くということは、実はなんでもないところに何かがあるように書くよりかは、はるかに大変な作業で、同時にそれが「なんでもないこと」であるがゆえに、多くの人の共感を呼ぶことができるのだろうと思います。
 「共感」を求めて小説を読む人たちには、この短編集、お薦めなのではないかと思います。
 うーん、だけど正直なところ私はこの手のセンチメンタリズムはあんまり好きじゃないのかもしれません。否定するほど嫌いではないのですが、わざわざ書物を読んで確認することではないと思うのですよ。
 自分の意志で歩くこと。その際、きちんと大地を踏みしめること。時々、その自分の脚をきちんと見ること。
 それでいいんじゃないかと思うわけです。


052 「boys don't cry」田口賢司 2003/3/7読

 田口賢司という人は、小説家というわけではなく、放送業界の人らしいのだけれど、私はよく知りませんでした。無知ですみません。ただ、80年代にメディアを何らかの形で揺るがした、という感じなんだと思います。
 読んでみれば確かに、どこで切っても80年代の形をしている金太郎飴のような小説です。とても短い段落が断片的に織り成す耽美な世界。意味の解らないこ とは多々ありますが、だいたい各段にかならず印象的な一文がこめられています。おそらく彼は、それを書きたくて文章を綴っているのだろうというセンテンス が、おのずと浮かんできます。80年代だろうがいつだろうが、変わらない真実と言いましょうか。そういうものです。
 ややアンダーグラウンド目な、セックスやらドラッグやらなにやらを描いている作品は、大抵はそういった風俗を描こうとしているわけではないのに、表面的なものばかり取り沙汰されるんだろうな、と思います。
 大切なのは、そんなことじゃないんです。そういうのに気付かせてくれる書き方をしています。


053 「古えホテル」菊地秀行 2003/3/8~10読

 菊地秀行というと、名前は知っていましたが、私などは著作のタイトルを見ただけでとても萎えそうな(いや別に悪というわけではなく、私の求めているジャ ンルとは違う人だという)イメージがありました。たまたま古本屋で見かけたこの一冊に、「あれ、こんなのも書くんだ?」といった驚きをもって読んでしまい ました。
 ホテルというのは実際不思議なところです。昨日誰が寝たか解らないベッドで今日は別の人が寝る。古いホテルになればなるほど、いろいろな物語を吸収しているに違いないのです。そういったホテルの存在感を中心に据えた「人間たちの物語」です。
 つまり、ホテルや、それを取り巻く奇怪な物語を描いているかのように見せかけてはいますが、本当は「人間の生きかた」を描いている。そういう作品です。
 またひとつ私の中で壁が壊されてしまいました。
 そうやって壁が壊されてゆくことに、今は心地よさをかんじます。


054 「熱血じじいが行く」ねじめ正一 2003/3/11~12読

 何はともあれ長島茂雄です。野球好きにはもちろん、そうでない私にも充分大変楽しめるエンターテインメント小説です。
 人生の濃さというのは、いかにバカバカしいことにも全身全霊をかけられるかどうかによって変わってくると、私は常日頃から思っておりますが、それが真実 だと証明するには、きっとあと50年もこの生きかたを続ける必要がありましょう。それでも、それを簡単に証明したいと思うなら、まずはこの作品を読めばい いのです。
 草野球に命をかけるオッサンたちとジイサンたちの人生は、どんなに輝いていることか。ここまで命をかければ、神(長島茂雄)との遭遇だって夢じゃありません。否、必然と言っても良い。
 コミカルなタッチに騙されるだけじゃないんです。
(これを読んで、あ、野球チームを作れば登場人物が多くてもアリじゃん、と思ったのは内緒。)


055 「まほうの電車」堀田あけみ 2003/3/13~14読

 恋愛小説というのを、私は好んで読みません。恋愛を中心に人生が廻っているわけではないのだから、小説でも中心に据えられるべきではないと思っているのです。
 とゴタクを並べても、たまたま手にとって、読めば読んだで面白いのが恋愛小説(映画もドラマも同じ)です。何で面白いかというと、それはゴシップ的な意味なのですが。他人の恋愛って気になるよね!とか。
 で。これ重要なのですが、生意気だけどちゃんと考え方がしっかりしている年下男に影響されて徐々に女を磨いてゆく年上女、という構図は、私の中では永遠の王道です。これ以上に萌えるシチュエーションはありません。以上。
 一話ごとに舞台が地下鉄の駅をひとつずつ進むようになっているそうで、そういったものも併せて楽しめれば尚良いです。私は名古屋の地下鉄については全く解らなかったので、だめでしたが。残念。


056 「1973年のピンボール」村上春樹 2003/3/14~16読

 初めに言うと、実は村上春樹ってどうも昔から好きじゃないのです。同世代にそう言い切る人があまりに少ないので、なかなか言う機会がありませんでした が。昔に幾つか読んで好きじゃなかったので、ずっと避けて通ってきました。このたび読んでみたのは作品も、十年振りくらいでしょうか。
 えと、やっぱり好きじゃなかったです。
 作品自体が悪いとかそういうことではなく、むしろ世のハルキストさんたちが彼に魅了される理由も多分解っているのですが、私とて読んでいる最中は普通に楽しんでもいるのですが。それでも読後の厭な感じが否めません。どうも私にはこのひとの世界観が合わないみたいです。
 相容れないというだけの個人的な理由ですみません。チムチムの脳みそが足りないんだと罵倒してくれたらいいと思います。


057 「恐怖同盟」阿刀田高 2003/3/17~18読

 ホラーともミステリーとも言い難い怖い短編集です。怖かったよー
 ごく身近にありそうな短い物語をさりげなく語りつつ、恐怖の材料を転々とちりばめる。恐怖の材料はその時点ではあくまで点であり、怖くはない。しかし、ぼんやりと少しずつ、点と点をを結ぶ線が見え隠れしだす。その瞬間、読者の背筋はぞっとする。
 という、人の感覚が「恐怖」という到達点に至るまでの経路を知り尽くした人が書いているので、面白いように背筋がぞっとします。著者の思うツボですよ。まったく良い読者です、私は。
 それと、このたび発見したのですが、二人称主人公(あなたは今、~~をしている、等の文体)が最も効果を表すのは、怖さを味わわせる目的でそれが使われたときではないでしょうか。まじ迫り来るよ。


058 「金魚のうろこ」田辺聖子 2003/3/19~20読

 やはり田辺聖子が好きだなあと思ったのは、この短編集の表題作にもあるとおり、「目からうろこが落ちた」という感動の中の、「まあ、うろこつっても金魚 のうろこぐらいのやつだけどね」みたいな態度でしょうか。他の作品も、そういった「心が小さく揺れ動く瞬間」をやさしく、かつ鋭く捉えた物語になっていま す。
 大仰な感動なんて、私たちが経験する機会は現実的にあまり多くないのです。だけど、金魚のうろこみたいな感動だからって、それに鈍感になってしまうようでは、どんな物語も小説にならないのではないかと。その逆もまたしかり。
 ああ、だから田辺聖子は食べ物をいかにも美味しそうに書くのが得意だったのかもしれません。ものすごく、よくわかる。


059 「東京スリーズ・ダウン」横森理香 2003/3/24~25読

 昔からなんか好きで、何回読んだか解らない作品です。読めば読むほどこの作品がどうして好きなのか解らなくなります。「なんか好き」って曖昧な感覚です が、それがこの作品に合っている空気なのかもしれません。絶賛も推薦もする積りはなくて、もっとプライベートな、例えば自分が昔からの友達と打ち解けて語 り合う、みたいな心地良さを求めて読んでいる気がします。とはいえ、私は外国に遊学なんてしていないし、毎週クラッビングに精を出したりしないし、ドラッ グもやらないし、オカマじゃないし(女だから中身は一緒か)、彼らの生活とは何ひとつかぶらないはずなのに、「私にとって大切な時間」像と重複することが 沢山あって、甘酸っぱい。そんな存在。たぶん、主人公がオカマ(ゲイと言うよりも、もっと親愛の情を込めて私はそう呼びたい)なのも、一層良いのだと思い ます。
 地の文からしてあやしいオネエ言葉で書かれているので、読後はしばらく喋り方がオカマっぽくなってしまうという罠も。


060 「Go」金城一紀 2003/3/26~27読

 自分はただ自分である、ということを知らない人が多すぎることで、私も常々悲しい思いをしています。いや、どんなものに分類されても、決してどのマイノリティに属すわけではない私がそんなことを言ってみても、おまえが何を知ってるんだ、といわれそうですが。
 いわゆる在日の人が書いたものの中で、そういう意味でこの作品、いちばん「読んでも悲しい気持ちにならない小説」なのではないかと思います。笑えるところが多いとか、ハッピーエンドだとか、そういうことではもちろんなくて。
 青春小説はどんな状況においても青春小説であり、その役割というのは、「ものすごい当たり前なんだけど、人がなかなか気づかない、または忘れがちな真実を、声高に叫ぶようなもの」なのだなあ、と改めて思います。
 映画も見たほうが良いですか?


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