top掌~短編


愛妻家の朝食

 湯気の立つ炊きたての白いご飯に、おろしたての大根おろしをたっぷり載せ、醤油を少しだけ垂らす。

「お父さん、お腹が出てきたでしょ」
 妻がそう言って、朝食のおかずを大根おろしだけに変えたのは、今からちょうど一年ほど前のことだった。
「おい、大根おろしだけか? 確かにローカロリーだからダイエットにはなるだろうが、これじゃ昼まで持たないぞ」
「大丈夫。食物繊維が豊富だから、腹持ちは良いはずよ。それにビタミンCも摂取できるし、ジアスターゼが胃腸の働きを助けてくれるの」
「ジアスターゼ?」
 またか、と思った。
 妻が耳慣れない栄養素の名前を口にするのは、大抵テレビか週刊誌あたりで、要らぬ知識を仕入れた時に決まっている。すぐに影響されて、やたらと食材やら調理法に健康なものを取り入れたがるのだ。
 ただし、妻は何をやっても三日坊主である。そのことは、私も二人の娘たちもよく知っている。だからこそ、食卓に妙なものが並んでも、私たちはいつも黙って妻に付き合ってきたのだ。
 ――どうせこれも、三日の我慢だ。そう思っていた。

 しかし、この大根おろしだけは、今やすっかり我が家の習慣となってしまっている。手の込んだ総菜を作るよりも簡単だから、妻の性格に合っているのだろう。
 私も結局、文句のひとつも言わずにきちんと食べ続けている。なにしろ、私の腹回りは本当にすっきりとしてきたし、身体の調子も何となく良くなった気がするので、拒否する理由がないのだ。娘たちも、ウエストが細くなったの、肌がきれいになったのと言いながら、喜んで食べている。
 いや、文句を言わないのはそれだけが理由ではない。何よりこの大根おろしご飯、意外にも旨いのだ。ご飯とおろしの織りなす熱さと冷たさ、また甘さと辛さのコントラストは、どうにも癖になる。しかも、深酒した次の朝でも食べやすく、胃にも優しい。これほど朝食に適した献立は、そうそうない。
 そんなわけで、私はすっかり妻あるいはテレビの策略にはまってしまった。今ではすっかり、大根おろしご飯がなければ一日が始まらないと思うほどになってしまったのだ。

 そして私は今、自分でその大根おろしご飯を作っている。
 先月のことだ。私は突然東京本社への転勤を命ぜられ、五十を前に単身赴任することになってしまった。
 皆は栄転だと喜んだが、家族と離れて過ごすのは独身時代以来のことなので、多少の寂しさがあった。上の子が大学受験を控えていなければ、下の娘も希望の高校に合格したところでなければ、家族みんなで行きたかったところだ。が、私ひとりの都合で皆を振り回すわけにもいかない。
「お父さん、自炊なんて、ちゃんとできるの?」
 単身赴任が決まった夜、高校三年生になる上の娘が、茶化すように訊いた。
「馬鹿にするなよ。お父さんだって、独身の頃は一人暮らしで自炊してたんだぞ」
 結婚してからはほとんど台所に立つこともなかったから、非常に大きなブランクがあるということは、あえて言わなかった。
 本音を言えば、夜はおそらく外食が増えることになるだろうとは思っている。が、朝くらいはきちんと作って食べたいものだ。おろしご飯の朝食なら、私でも簡単に作れる。
 米は炊飯器が炊いてくれるし、大根の皮を剥いておろす程度のことなら、子供にだってできることだ。
 と、思っていた。

 私は、高をくくっていたのだろうか。
 単身赴任生活が始まってから、もう一ヶ月になるのに、私は未だにおろしご飯を上手く作ることができずにいる。白いご飯も大根おろしも醤油も、すべてきちんと揃っているにもかかわらず、だ。変な苦味と酸味があるし、家で食べていたようなあのふわっとした感じが、どうしても出ない。
 ひょっとしたら、妻は高級な大根を買っていたのではないか。そんなことを疑った私は、いろいろな産地の大根を買ってきて試すことにした。
 大根と一口に言っても、日本列島南から北まで色々な産地があり、それぞれ甘いものや辛いもの、水分の多いものや少ないものなど多種多彩であることを知った。それらをほとんど試してみたが、やはりどれも家で食べていたものと違うようだった。しまいには有機野菜の店まで探して、一番高いもので試してみたりもしたが、それでもやはり違った。

 大根の問題でないとすると、ひょっとしておろし金ではないだろうか。
 そう思った私は、今日とうとうデパートへ行き、職人の手づくりと謳っていた銅のおろし金を買ってきた。家庭用の小さいのでも五千円はするもので、確かに良さそうだ。
 もはや次の朝まで待てなかった。私は家に帰るなり米を研ぎ、炊飯器のスイッチを入れた。そして、ご飯が炊きあがる時間を見計らって、今度こそはという思いで、おもむろに大根をおろし始める。一食分をおろし終わるのとほぼ同時に、ご飯が炊けたことを知らせる電子音が鳴り響いた。

 湯気の立つ炊きたての白いご飯。銅のおろし金でおろしたばかりの産地直送有機大根。役者はそろった。
 私はご飯に大根おろしをたっぷり載せ、いつも通りに醤油を少しだけ垂らして、食べた。
 だめだ。
 良い素材と良い道具を使っているだけに、旨いことは旨い。それなのに、やはり家で食べていたものとは何かが違うのだ。
 私はついに降参し、その場で妻に電話をして、聞くことにした。
「お前はいったいどうやって大根おろしを作っていたんだ?」
「どうしたのよ、急に。私は特別なことなんて何もしてないわよ」
「そんなことはないはずだ。どこのメーカーのおろし金を使っていたんだ?」
「一〇〇円ショップで買った、プラスチックのおろし金よ」
「そうか、じゃあ大根だな。何ていう銘柄の大根を使っているんだ?」
「銘柄なんてないと思うわ。スーパーで買ってきた、普通の大根よ。その時その時で、一番安いものを買ってるだけだもの」
 あっけらかんとした妻の声に、私は唖然とした。

 電話を切ったあと、私は自分が作った食べかけの大根おろしご飯を見つめて、力なく笑うことしかできなかった。
 何てことはない、あれは『我が家の味』だったのだ。妻はいつの間にか我が家の『おふくろの味』を作り出すほど主婦のベテランとなり、私は無意識のうちに妻の料理を一番旨いと感じる舌を自らの口の中に育てていたということかもしれない。
 それもそのはずだ。私たちは来年、結婚二十周年を迎える。

 私は諦めて、しばらくは自分で作った不味いおろしご飯を、文句を言わず食べてゆくことに決めた。



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