top掌~短編


いたずら

 『いつも近くであなたのことを見つめています。ずっと前から好きでした。』
 たったそれだけの無記名ラブレターを私が書いたのは、ほんのいたずら心からだった。授業を聞くのもダルかったし、たまたま何日か前に一目惚れしたレターセットが鞄に入ったままだったから、思いついたのだ。
 今どきラブレターなんて新鮮だ。裕史はどう思うだろう。きっと、筆跡を見ればすぐに私だということは解るはずだ。
 私は早速、それを休み時間にこっそり裕史の下駄箱に忍ばせた。帰りまでにはきっと見つけてくれるだろう。
 裕史とは、この三ヶ月間とても楽しく付き合っている。四月にクラスが離れてしまったものの、それがきっかけで付き合うことになったのだし、裕史のいるG組には私と中学からずっと仲良しの祥子もいる。私は気軽にG組に遊びに行って、裕史や祥子や、時には他の人たちも一緒になってバカ騒ぎをしたりする。そういうのも、とても楽しい。

 「こんなイタズラするの、おまえ?」
 なんて封筒を差し出されるかと思っていたけれど、その日の帰り、裕史はそうしなかった。まだきちんと中身を見ていないためだろう、と私は思った。家で落ち着いて見るつもりかもしれない。私が差出人だと気付いたときの裕史を想像して、私はほくそ笑んだ。
 けれどその次の日、朝も昼休みも帰りにも、裕史は手紙の件に触れなかった。
 ひょっとして、筆跡で私だと気付かないのだろうか。それとも違う人の下駄箱に間違えて入れてしまったのだろうか。いずれにしても不安だ。けれど、考えてみれば単なる無記名のいたずらだ。深刻な問題では無い。
 私はその件について忘れることにした。

 三日目の昼休み、珍しく祥子が私のクラスに遊びに来た。私がG組に出向かないと裕史に会えないのに、と思ったけれど、祥子が悩んだ顔をしているので、とりあえず私は彼女の話を聞いてやることにした。
「こんな手紙が下駄箱に入っててさー」
 言いながら祥子は事務封筒に入った一枚のメモ用紙を出し、私に開いて見せる。
『祥子の気持ちには、前から気付いてたけれど、応えてあげられない。ごめん。』
 裕史の字だ。間違いない。
「いきなりこんな手紙貰っても、心当たり全然ないし。なんかさ、気持ち悪くない?」
 裕史はどうしてあの手紙を祥子からのものだと思い込んだのだろうか。理由は一つしか思いつかなかった。今の祥子に私がかけてあげられる言葉も、一つしかない。
「ごめん......そうだったんだ?」
「え、何が?」
 きょとんとした祥子を横目に、私はいたずらなんてめったにするものじゃないと心底反省して、タメイキを吐いた。



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