top掌~短編


サンデイサンド

 手でちぎって洗い、よく水気を切ったレタス。刻んだゆで玉子とマヨネーズのフィリング。
「ママー、あとね、ハムも入れてね」
「はいはい、解ってるわよ。ふうこはハムサンドが好きだもんね」
 そう言いながら冷蔵庫から出す、買いおきのハムとスライスチーズ。具材を揃えたら、マーガリンを塗った薄切りの食パンに挟んでゆく。
 料理と言うには簡単すぎる。食事と考えるには手軽すぎる。だから、サンドイッチは嫌い──と、主婦歴七年、母親歴も五年となり、人並みに料理ができるようになった今、私は偉そうに考える。
 けれど十五年ほど前、私が自分で作れる料理は、唯一サンドイッチだけだった。

 あの日は日曜日だった。そして、家には私のほかに父と兄と、祖母がいた。
 祖父の死を機に祖母が同居を始めてから、数年が経っていた。高齢とはいえ年の功、ベテランとしててきぱきと家事をこなす祖母はすっかり我が家の主婦と化 し、母は仕事や付き合いの会合があっても安心して家を空けるようになり、そんなときは祖母が必ず私たちの食事を作ってくれていた。
 けれどその日に限っては、私が昼食を作る係に立候補した。理由はとても単純だ。当時好きだった男の子からつきあって欲しいと言われて有頂天だった私は、 料理なんてしたこともないくせに見栄を張り、初めてのデートに手作りのお弁当を持っていく約束をしてしまったのだ。とはいえ、行く先は遊園地。手軽に食べ られるもので充分なので、献立は唯一私でも作れそうなサンドイッチで決まりだった。そうは言っても、当日になって失敗しては大変なので、練習だけはしてお こうと思ったのだ。
 実際に作ってみると、サンドイッチはとても簡単だった。多少不恰好かもしれないけれど、愛嬌と言える範囲内だ。
「お、一応形にはなってるな」
「お前の割には、なかなかやるじゃん」
 私の珍しい行動から目を離せないのか、父と兄がかわるがわるキッチンを覗き込んでは茶々を入れた。
「私だって、サンドイッチぐらい余裕だよ。食べてみて、美味しいから」
 私も、かなり気分が高揚していたのだと思う。いつもならば、家族全員がきちんと食卓に揃って、いただきますをしてから食事に入るというのに、そんなルー ルなんてすっかり頭からなくなっていた。サンドイッチをつまみながら、「なかなかうまい」「これはマヨネーズが多すぎるんじゃないか」などと言う父や兄と いっしょに、私もなし崩し的に食事の時間に突入してしまったのだ。
 祖母ももちろん、その場にいた。私が包丁を扱うさまを少し心配そうに、けれど終始ニコニコしながら見守っていた。けれど、見ているばかりで、父や兄のように手をつけてはくれなかった。
 見る見る間にサンドイッチは残り一切れとなり、私は慌てて祖母に声をかけた。
「ばあちゃん、折角作ったんだから、食べてよ」
 私が差し出すと、祖母はきちんと食卓につき、「いただきます」と呟いてから、ようやく皺だらけの手で最後のハムサンドを掴み、口に運んだ。ときおり口の端からパン屑をこぼしながら、ゆっくりと味わうように食べ、そしていつのまにかぽろぽろ泣き始めていた。
「子供子供と思ってたら、すっかり娘になって。もうこんな料理ができるんだねえ」
 そのときの私は、祖母が泣く意味がさっぱり解らなかった。私は中学二年生で、ボーイフレンドができたくらいで自分が世界中の誰よりも幸せだと思ってしまうほど、そして、自分がサンドイッチしか作れないほど、子供であるということに、気付いていなかった。
 もしも今の私だったら。
 きっと、もっと祖母を純粋に喜ばせる料理を作れるだろう。仮に、年寄りには食べにくいサンドイッチを出すにしても、一緒に飲み物を出すくらいの配慮もできるはずだ。
 けれど祖母は、私のあんな料理とも言えないものでも、きちんと料理として食べようとしてくれていた。食卓について、「いただきます」の瞬間を待っていてくれた。

 そんな単純なことに私が気付いたのは、祖母が他界した後の話だ。
 けれど、代わりに今は――セピア色の日曜日を思い出しながらサンドイッチを盛り付けた皿をダイニングに運べば、そこに娘がいる。

 娘はもう食卓について、らんらんと目を輝かせながら私を待っていた。女の子だというのにこんなに食いしん坊で大丈夫なのかしら。皿を見るなり手を伸ばそうとした娘を、私は一喝する。
「こら、ちゃんといただきますしなさい」
「いっただっきまーす!」
「どうぞ、めしあがれ」
 その声を合図に、娘は大好物のハムサンドを齧り始める。私は、テーブルにミルクを満たしたカップを置く。
 こんな簡単な料理で喜ぶなんて、まったくなんてお手軽なんだろう。そして、こんな簡単な料理でも喜んでくれるなんて、まったくなんて愛しいんだろう。
 心の中で小さく「ありがとう」と呟きながら、私はあふれんばかりに口の中にパンを頬張る娘を見つめる。祖母は祖母で、きっとこんな私を少し上の世界から 見守ってくれているに違いない。やわらかく微笑みながら。あるいは、あのときみたいに「すっかり母になって」とぽろぽろ涙をこぼしながら。



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