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山手線ゴー・ラウンド ―渋谷―

 公園通り沿いの居酒屋に駆けつけると、彼らはいつもの座敷席で飲み始めたところだった。私はそこに近づいて、話しかける。
「ごめん、仕事が長引いてライブ間に合わなかったよ」
 ラヴポンパドールのメンバーたちは私を振り返って「あ、長崎さん!」「お疲れ様」「どうぞ座って」などと口々に言う。
 榊くんも小さく「お疲れ」と言って自分の隣の席を空けてくれた。私はそこに座る。
 彼はかつて私のギタリストだった。今は昔、高校時代にやっていたバンドの話だ。あの頃、私は本気でプロのボーカリストを目指し、榊くんも本気でプロのギタリストを目指していた。私たちはお互いに尊敬し、信頼し合っていた。
 間違えたのは、私も彼もそれを愛情と混同してしまったことだ。
 二年以上バンドメンバーとしてやってきた私たちは、恋人としてはたった三ヶ月で駄目になった。それが原因で私たちのバンドはギクシャクし、結局解散し た。今はそれも十代の過ちだったと笑える。音楽活動をする上の良きパートナーであることと、恋愛関係になることは、まったく別の話なのに。
 榊くんは大学で新しいバンドを始めた。それが今も続いているラヴポンパドールだ。渋谷のライブハウスで定期的にライブを行い、時々フリーペーパーに小さく紹介される程度のバンドだけれど、音はとても良い。
 私は歌わなくなった。今年大学を卒業し、小さなレコード会社に勤めている。今はプロモーターとは名ばかりで頭を下げてばかりの仕事をやっているけれど、 いつか自分の力で榊くんをギタリストとして有名にしたい。恋愛関係ではなく、音楽というフィールドで彼の強力なパートナーであり続けたいのだ。
「今日のライブはどうだった?」
「イマイチ。でも新曲は結構ウケてた」
「新曲やったんだ? またCD作ったの?」
「来月レコーディングの予定ですよ」
 ボーカルのチエが私と榊くんの間に割り込むようにして話しかけてきた。私は心の中で小さく舌打ちする。どんな形であれパートナーで居られればいいと思い ながらも、やはり榊くんのギターで歌う彼女は目障りだった。尊敬と愛情を混同していなければ、今も私は彼の隣で歌っていたかもしれないのに。
「あとね、長崎さんに報告がありまーす」
 チエはあくまで一方的に話をする。
「どうしたの?」
「実はチエと榊、先週入籍しました!」
「えっ?」
 私は驚いて榊くんの顔を見た。榊くんは目を逸らすようにして頷いた。
「いつから付き合ってたの?」
「メンバー以外には隠してたけど、二年くらい前からなんとなく」
「そうだったんだぁ。えー、......全然気付かなかったよ」
 いやでも自分の本心に気付いてしまうほど、私は心の底から嫉妬していた。愛情と混同しなければ上手くいくと考えながら歌うのをやめたのは、本当はずっと彼に恋をしていたからではないのか。
 私は音楽でも恋愛でも、完全に彼女に負けたのだ。

原宿恵比寿



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