top


山手線ゴー・ラウンド ―秋葉原―

 冷蔵庫はもともと私のもの。ビデオデッキは彼が持ってきた。電子レンジは彼のバイト代で買ったし、食器の大半は私が気に入って買ってきた。学生同士の貧乏な同棲だって、三年も住んいれば随分とモノが増える。私たちはそれらを、なるべく公平に二分した。
 今日の夕方、私たちはこの家を出る。私は新しく契約したワンルームに移り住み、彼はあのひとのマンションに転がり込む。大学の卒業式も済んだばかりだ。これから先、私たちはすれ違うこともないだろう。
 恋愛関係が終わるのにどちらが悪いということはない。朗が浮気をしたこと自体は私にも原因があるのだろう。ただ、浮気がばれたら謝ればそれで許されると思っている朗の尊大さに、私の恋は完全に冷めてしまった。
 私個人の所有物は昨日のうちに新しい部屋に運ばれた。朗の所有物は少しずつあのひとの部屋に移っていった。二人の生活が染み込んでいるもの、例えばベッ ドなどはリサイクルショップに引き取ってもらった。そして私たちは、すっかり広くなった部屋に残る最後の共有物をどうするか話し合う。
 最後に残ったのは、ノートパソコンだ。
 リサイクルショップに売ることも出来たけれど、私はそうしなかった。買ってから一年も経っていない。就職活動でも使うからと言い出したのは朗だ。私は機 械に疎かったけれど、確かにこれから必要になるだろうと思い、半額を出した。貧乏な私たちには高い買い物だったけれど、それは確かに役に立った。朗が勝手 に設定したインターネットを主に使ったのは私だった。朗があのひとの家に泊まった夜、たった一台の機械が繋いだ先の顔も名前も知らない人の存在や言葉に私 は癒され、それを頼るようになっていった。
 私はそのパソコンだけは自分がもらって持って行きたいと言った。これから一人で暮らす私には必要なものなのだ。口にはしなかったけれど、浮気をしたことを少しでも悪いと思うなら譲ってくれてもいいと思った。慰謝料みたいなものだ。けれど朗は首を振った。
「公平にしよう。×××で売ればいいよ」
 彼が言ったのは、どうやら秋葉原にある中古パソコンのショップのことらしかった。
「まだそんなに古い型じゃないし、きれいに使ってるからそれなりに金が返ってくるよ。その金を分け合って、それで終わり」
 朗はそれがこの上ない名案だとでも言いたげな様子で、早速パソコンを持って出かけようとした。私も慌ててついて行く。
 一緒に電車に乗るのも最後だ。昔は車両の隅で体を寄せ合い、人目も気にせずキスをしていたこともあった。今は会話もなく、ただ外の風景を眺めるだけ。
 電車が秋葉原に近づくと、外の風景は急に人工的な鮮やかさになった。蛍光色の看板が目に痛くて、私は急に馬鹿馬鹿しくなった。何だかんだ言っても被害者意識を持っている自分が。パソコンも、それを売って手にした現金も、貰えば惨めなだけなのに。
 電車がホームに停車し、ドアが開く。朗はさっさと電車を降りて、車内に突っ立ったままの私に気付き、目で降りろと促した。私は首を横に振った。
「売るなり持ってくなり、勝手にしてよ」
 ドアが閉まり、山手線は走り出す。私たちはそれを最後に、二度と会わない。

神田御徒 町



コメントする