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山手線ゴー・ラウンド ―神田―
「ねえねえ、毎年このあたりでやってるお祭って、すっごい盛り上がるんでしょう? あたし、行ってみたいなあ」
やけに頬を上気させた感じで俺に話しかけてきたのは、従妹の香奈恵だ。叔父の再婚に際し、一応本家ということになっている我が家に親族一同が集まった席でのことだった。
「ん? ああ、神田祭のことか? 祭って言ったって、あれは御輿の行列だよ。子供が来て楽しめるもんなのかなあ」
「ひどーい。たあちゃん、あたしだってもう来年には高校生だよ。子供じゃないもん」
「たあちゃんって呼ぶなよ」
「なんで?」
「......まあいいけどさ」
昨年成人式を迎えて、親戚の集まりでだって子供扱いされなくなった俺をいまだに『たあちゃん』などと呼ぶのは、従兄弟の中でも一番年下の香奈恵だけだ。
「いいな、たあちゃんは江戸っ子で。東京の、こんな都心にずっとずーっと住んでるなんて、本当にうらやましい」
「仕方ないだろ。栃木に嫁入りしちゃった香奈恵のお母さんを恨めよ」
「お母さんはズルい。自分だけ東京で生まれ育ったなんて!」
香奈恵は溜息混じりに言う。目の前のこの成長期の子供は、ちょうど東京に憧れる年頃でもあるらしい。
「東京には楽しいこともおしゃれなお店もいっぱいあるし、芸能人もいっぱいいるし」
「芸能人なんて、そこらへんを歩いてる訳じゃないよ」
「でも、すぐ近くにいるでしょ」
「まあそうかもしれないけど」
「ほら。いいなあ」
そんな話をしていると、香奈恵の母親がすまなそうな顔をして俺に声をかけてきた。
「隆哉くん、ごめんね。子守を押しつけちゃってるみたいで」
俺が返事をする間もなく、香奈恵が隣で騒ぎ立てる。
「いつまでも子供扱いしないでってば!」
俺は叔母さんと目を合わせて苦笑をした。確かに十五歳ともなれば本人はいっぱしの大人になったつもりなんだろう。俺だってその年頃にはそうだった。それ
に、香奈恵はこの二三年で身長もずいぶん伸びたし、健康的な丸みを帯びてきたその身体だけをみれば、確かに大人顔負けだ。
「ねえ、たあちゃん。神田祭に連れてってよ。たあちゃんに連れてってもらうって言えば、お母さんだって東京に行くのを許してくれるから」
「やだよ。面倒くさい」
「ねえ、おねがい」
お。上目遣いで俺を見つめるなんて、確かに香奈恵は男心を惑わす方法を身につけているくらい大人なのかもしれない。俺は内心かなりドキドキしたけれど、慌ててそれを否定した。祭の話くらいでこんなに興奮していることこそ、まだまだ香奈恵は子供だという証拠じゃないか。
「つ、連れてってやるのはいいけどさ、神田祭って平日にやるんだよ」
「ええー、そうなの? 五月だって言ってたから、ゴールデンウィークだと思ってた」
「いや、連休の後だよ。たしか、五月の半ばくらいだったと思う」
「なんだ、そうなんだ......」
香奈恵はがっくりと肩を落とした。
「そんなに祭を見たかったの?」
やはりまだまだ子供だ、と思いながら、俺は香奈恵の頭を撫でてやろうとした。が、香奈恵はうまい具合にそれを避けて言った。
「ちがうの。本当は祭ってのは言い訳」
「は?」
「実はね、東京に彼氏がいるの。去年、転校してっちゃった子と遠恋しててさ。会いに行きたいけれど、お母さんに『彼氏に会いに東京に行く』なんて言えないでしょ? だから、たあちゃんに祭に連れてってもらうのを口実に、一人で東京に来ようと思ってたの」
唇を尖らせながら言う香奈恵を見て、俺は溜息を吐かずにはいられなかった。
やはり香奈恵は自分が思っているほど子供ではない。子供らしさを装って武器にする技術を持つほど、女なのだった。
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