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山手線ゴー・ラウンド ―東京―

 デートの帰り、たいていの男は私を東京駅まで送ってくれる。その先まで送るほど彼らには時間がないし、ひょっとしたら情熱もないのかもしれない。けれど、私はそれでも構わない。私も東京駅より先の電車には一人で乗りたいし、一人の男に縛られるほどの情熱はない。
 東京駅から先は、それぞれの岐路を辿るのが良い。中央線で帰る男もいたし、東海道線で帰る男もいた。横須賀線や総武線の男もいた。山手線で他の駅に出る人もいれば、京浜東北線で帰る男もいた。私を見送った後新幹線に乗ってどこかへ行く男もいた。
 東京駅では、たいていの男が私にキスをしてくれる。東京駅はあまりに広いので、人目を避けてキスをするくらいのスペースは掃いて捨てるほどあるし、多くの路線の起点となっている東京駅にはさよならのキスがよく似合うので、自然とそんな気持ちになるのかもしれない。
 多くの男は何も言わずに自然にキスをする。そうでない男なら、私のほうからせがむ。せがまれてキスをしない男は滅多にいない。また、時には私にキスをせ がんでくる男もいる。私はそれに心を刺激されれば、キスで応える。ただし、「キスして良い?」と確認してくる男には、ノーと言うことに決めている。キスは 許可されてするものではないからだ。
 キスをした後の男たちの言動は十人十色だ。スマートに立ち去る男もいるし、泣きそうな切ない顔を見せる男もいる。「ごちそうさま」と笑顔で私を見送る 男、「こんなになっちゃったよ......」とセックスを仄めかす男、それに、「俺、公衆の面前でキスするような男じゃないんだよ、本当は」などと言い訳をする男 もいた。そのどれもが、私の心を満たす。キスした後の男を見るのは、私の趣味なのかもしれない。
 その後、私は一人で自分が乗るべき電車のホームへ行き、自動販売機で缶に入った水を買う。そして、電車に乗る前にそれを一気に飲み干す。キスをしたまま の唇で電車に乗ることには抵抗があるのだ。本当はうがいをしたいところなのだが、駅のホームでそれは出来ないので、すべて胃の中に流し込む。その日のもの はその日のうちにリセットして、また次の日には違う男とキスをするのだ。

 それなのに、今日の私は開封していないままの缶を手に持ったまま、電車に乗っている。
 東京駅まで私を見送ってくれた男は、そのまま踵を返そうとした。私と会っていた時間に何の未練も感じないかのような背中だった。私は慌てて言った。
「ねえ、最後におやすみのキス、して」
 男は驚いたように振り返る。
「いいの?」
 謙虚で可愛い男だ。私は潤んだ目を瞬きさせることで頷き、男に身体を寄せて少し上を向き、目を閉じた。
 数秒後、彼の唇が降りてくる。私の唇ではなく、瞼の上に。
 私が眼を開けると、男は照れたようにそのまま背中を向けて走り去った。
 そして私はいつものように一人で自分が乗るべき電車のホームに立つ。いつもの癖で缶に入った水を買ってしまったものの、それでは瞼に残る暖かい感触をリセットすることが出来ない。
 私はこの気持ちをどうしたら良いのか解らないでいる。

有楽町神田



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