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山手線ゴー・ラウンド ―有楽町―

 時々会話を交えつつ、私と一樹は銀座の中央通りを歩いている。気付けば手まで繋いで。だめだ、完全に雰囲気に飲まれた。
 日比谷の映画館ですぐに解散するものと思っていた私は、有楽町駅からJRで帰ると言った。日比谷で都営線に乗っても良かったけれど、一樹が有楽町線だったから気を遣ったのだ。ところが、
「ちょっと銀座のほう散歩しない?」
 一樹が言いだし、断る理由もないという理由で、私も思わずそれに従ってしまったのがいけなかった。
 松屋の先で左折し、プランタン方面へと歩く。不覚にもいい雰囲気。私は背筋を伸ばす。そもそも一樹と二人で歩いていること自体、妙な話なのだ。大学で同 じサークルにいても、二人で話す機会なんてほとんどなかった。サークル内外でモテているという彼を、私は内心軽い男だと思い、意識的に距離を置いていた。
 こんなことになってしまった発端は、先週あったサークルの飲み会だった。私はお金がないからと一旦は出席を断ったけれど、一樹の「オレが貸すから」とい う一声で、結局参加することになってしまったのだ。もちろん、それは迷惑ではなかった。飲み会は楽しかったし、一樹がモテるのはそういうさりげないマメさ ゆえであり、これは女でも見習うべきだと思いつつ、私は感謝した。帰りに一樹から声をかけられるまでは。
「今日の金は返さなくていいから、来週映画おごってよ。観たいのがあるんだ」
 不快だったわけではない。けれど、私は他の女の子のように、この人にほだされたくないと思った。好きになったら、負けだ。
 プランタンの前を通り過ぎると、有楽町駅はすぐだ。私は早く帰りたかった。繋いだ手があまりに温かくて、悔しい。彼は映画なんて誰とでも観るだろうし、 手を繋ぐのだってきっと簡単だ。その気もない人にいちいち心を振り回されて舞い上がるような、滑稽な自分になりたくなかった。
 改札が見えてきて、私は彼の手を振り解くように離そうとした。けれど、彼の手は私の手をすっぽり収めたまま離さない。
「あの、帰りたいんだけど」
 私が言うと、一樹は淋しそうに笑った。
「冷たいなあ、相変わらず。そういうクールなところ、いいなあってずっと思ってたんだけどさ。そんなに俺がイヤなら断れば?」
 彼の表情を見て、私は慌ててフォローした。
「別に。今日の映画は私も観たかったし」
「でも散歩は断れるだろ。その気もないのにホイホイついてくるなよ」
 その瞬間、私の右手が解放され、宙に浮く。
 その気もなく誘った男と、その気もなく誘いに乗った女が、わざわざ遠回りして二人で手を繋いで歩くわけがないのに。今さらのように、私は気づいた。自分の気持ち、そして、たった今、この恋の機を逃してしまったという事実にも。
 彼が早足で地下鉄へ消えてゆく姿を、私は呆然として見送ることしかできなかった。

新橋東京



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