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山手線ゴー・ラウンド ―五反田―
涼しげな顔立ち、どこか気品すら感じられる佇まい、クラスメイトと会話している時の爽やかな笑顔。山木くん。あんなカッコイイ子が隣のクラスにい
たなんて。私は完璧、恋に落ちた。入学してからこの何ヶ月か、なんでこんな高校に入っちゃったんだろうって後悔しっぱなしだったけど、前言撤回。
後悔ったって、高校がイヤだとかつまんないってことじゃなく。自転車通学がイヤなだけ。小さな頃から私は、池上線で五反田まで行ってJRに乗り換えな
きゃ「お出かけ」って気がしなかった。東急線沿線は、どこまで行っても同じ世界。だから、高校は五反田より向こうに通って、私の世界を広げたかった。ま
あ、第一志望の高校に落ちたのは自分だから、仕方ないけどさ。
世界は広がらなかったけれど、幸せなんて意外と身近なところに落ちてるってことかもね。山木くんに出逢えたんだし。第一志望に落ちたこと、今なら神様に感謝だってできる。
で、まず私は、山木くんと同じクラスにいる中学時代の同級生(自転車通学仲間でもある)の真澄に探りを入れた。
「山木くんって彼女いるのかなあ」
「知らない」
「誕生日は?」
「知らないっつーの」
「どこに住んでるの?」
「もー、うるさいっ。住所録は家に帰ればあるけどさ、すぐ隣の教室にいるんだから、自分で話しかけてみればいいじゃんよ」
協力者消滅。でも、確かに自分で何とかしなきゃね。自分の恋なんだから。って何日か頑張ってみたけど、やっぱ話しかけるきっかけなんてそうそうあるもん
じゃないから、思いついた。学校帰りに山木くんを尾行しよう。なんかストーカーみたいだけど、家までつけるわけじゃないし。ただ学校を離れれば、同じ高校
の制服に注目してもらえる確率も高いし、話をするチャンスだってある気がする。よし、今日こそ!
山木くんが校門を出て、クラスの男の子と駅まで歩くのを、少し後ろから追いかけた。山木くんが駅の改札をくぐったのを見て、私も慌てて切符を買う。山木
くんが五反田方面のホームに立っているので、私も行った。そして山木くんが乗った電車の、隣のドアから乗る。電車はちょっと混んでるけど、山木くんの姿は
人垣越しにハッキリ見える。ああ、もう見てるだけでも幸せ。五反田まで、五分ちょっとの天国。
でも、夢のような時間なんてあっという間だった。電車は五反田駅のホームに止まって、山木くんがさっさと改札に歩いていく。なんとなく彼は五反田より向
こうの人かもって気はしてたけど、やっぱりね。でも別に五反田より向こうの人と付き合っちゃいけないわけじゃないし、私はこの恋をモノにするんだ。ああ、
それにしても、どこまで尾行したら話しかけるチャンスがあるんだろう。
と思ったその時。
池上線とJRを分ける乗り換え改札の向こう、JR側にいる女の子が山木くんに手を振った。山木くんはそれに気づいて、小走りで改札を抜ける。二人は横に並んで、楽しそうに話しながら山手線ホームへと降りていってしまった。
今までに見たことのない山木くんの笑顔。
あれって、五反田よりも向こうの世界でしか見せない笑顔なんじゃないかと思って、私は池上線の構内から脱出することもできなかった......。
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