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山手線ゴー・ラウンド ―池袋―

 池袋西口公園まで行ってみたけれど、昼間からあまりに人が多いのに辟易した。どこかでお茶を飲みながら、という気分にもならなくて、結局行き先と して選んだのは西武百貨店の屋上だった。今どきこんなに居心地の良いデパートの屋上ってないぜ、と亮は言う。確かに広々としていて、緑あり、遊具あり、少 し風が強いけれど眺めも良し、おまけに平日の昼間だからか閑散としていて、私たちに相応しい場所のような気がした。

 昨日の夕方のことだ。四人で飲もうと待ち合わせたのに、健次は私に突然バイトが入ったと連絡をし、麻衣は亮に風邪で寝込んでいると言ったらしい。私と亮はそれぞれ三人で飲むつもりで出かけ、会ってみて初めて二人しか来ないことを知ったのだ。
 私たち四人組は大学に入ってすぐ仲良くなったけれど、私が健次とつきあい始め、麻衣も亮とつきあうことになったので、いつもカップルでいるか四人一緒か だった。考えてみたら亮と二人で飲むなんて初めてなので、お互いその珍しいシチュエーションに盛り上がってしまった。四人でいるときにはしないような、お 互いの恋人の秘密を暴露したり、いつもは言わない本音を言ったり、セックスの話をしたり。お酒もかなり飲んだ。
 気付いたときには私と亮は近くのラブホテルでセックスをしていた。自分でも驚いたけれど、たぶんお互いにすごく興奮していたのだろうと思う。もうとにかく、わけがわからないくらい良くて、四回もした。
 疲れて朝まで眠ってしまい、目が覚めてから私は青ざめた。私たちの身体にはお互いを貪った跡が赤く残り、私たちの携帯には恋人からの着信履歴が何度も残っていた。電話に気付かないほど私たちは酔っていたし、夢中になっていたのだと気がついた。

 屋上から見える風景の中でも飛び抜けて背の高いサンシャインを眺めつつ、私は今後どうするべきか迷っていた。
「悩んでもしょーがないよ」
 亮が私の目を見ずにそう呟くので、私は小さく溜息を吐いて切り返した。
「よっくもまあ、そんなこと言えるね」
「だって、隠しとおすしかないだろ」
「そうだけど......健次とも麻衣とも、今まで通りの顔して会うなんてできないよ」
 私が言うと、亮は小さく頷いて黙った。ちょうどそこへ、小さな男の子と母親らしい大人が通りかかる。
「ほら、あれがサンシャインよ」
「うわあ、おおきいね」
 無邪気な会話を耳に挟みながら、私たちは悶々としていた。少なくとも電話に出なかったことについて言い訳をしなければいけないけれど、上手に言い訳をす るのは難しいのも知っている。おまけにセックスは不謹慎なくらい気持ちよく、そういうセックスが出来る相手にどうしようもなく惹かれてしまう本能も持って いる。だからといって、お互いの恋人のことは手放したくない。たぶん私たちは、恋人の友達だからという理性が効くほどは子供じゃないくせに、愛情と性欲を 切り離して考えられるほど大人でもなかったのだろう。とにかくすべて中途半端だ。
「あ、ジュースでも飲むか?」
 亮が唐突にポケットの小銭をまさぐって言う。私はその優しさに少し心が傾きながらも、敢えて呆れかえった声で言う。
「ジュースなんて飲んでる場合じゃない」
 ちょうどその時、私たちよりも少し年上に見えるカップルが後ろを歩いていった。
「ソフトクリーム食べない?」
「いいね、デパートの屋上って感じだな」
 なぜ平日の昼間からこんなところにいるのかは解らないけれど、休日を楽しんでいるような会話。いい歳をして二人はソフトクリームを求めて売店のほうに歩いていく。
 私はさっきの親子と今のカップルとを目で追い、さらにもう一度サンシャインを眺めてから、やっぱり中途半端だなと思った。
 私たちは、サンシャインが見えるくらいで喜ぶほど子供ではなく、デパートの屋上に懐かしさを感じるほどの大人でもない、ただ盛りのついた二十歳の男女にすぎないのだ。

大塚目白



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