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山手線ゴー・ラウンド ―目白―
朝の気配がして眼を薄く開けてみると、目の前に大きな足がある。おそらく見知らぬ男の足だ。
なぜ知らない男がここに寝ているのか、とすら最近の成美は思わない。そもそもこの部屋だって大船にある成美の家――両親と妹とテリアが一緒に住んでいる――ではないので、そんなことを言えた筋合いもない。
遠方から大学に通う成美は、大学の近くに住む幸枝のアパートによく泊まる。目白なので、新宿で飲んでいてもタクシーですぐ帰れるのが重宝している。昨夜も例によって合コンが盛り上がり、皆で幸枝の家に流れた。
六畳ワンルームに、成美を含めて八人の男女が寝ている。雑魚寝も成美には珍しくない。大きな鼾をかいているのはどこの男かと見回すと、二つ隣で寝ている裕美だった。
誰も目を覚ましそうにないので、成美は二度寝することにした。が、目の前には見知らぬ男の大きな足がある。酔っていれば目の前に他人の足があろうが尻が
あろうが気にならないが、今はなんとなく気分が悪い。いつも右半身を下にして寝る成美だが、仕方なくクルリと百八十度寝返りを打った。
すると、こちらは見知らぬ男の顔だ。その距離わずか二十センチ。普通なら緊張するところだが、雑魚寝なら仕方ない。足よりは良いし、男の顔は成美の好みだった。
（昨日のコンパにこんなにいい男がいたなんて、酔ってて全然覚えてない）
成美がそう思いながら男の顔を見ていると、男がふと目を開けた。一瞬目が合ってしまったが、成美はすぐに目を閉じる。男はすぐに成美の手を握ってきた。
これもよくあることだ。周りが誰も起きなければ、それを良いことにキスをしたり胸を触ってくる男もいる。成美は寝たふりを続けた。拒絶しないのは受け入れるのと同じことだ。
（もっと、してもいいよ）
言葉にしなくても男にも解る、はずだった。
しかし、この男はいつまで経ってもそれ以上してこない。周りに気付かれている様子もないのに、ただ成美の左手を執拗に撫で、形を確かめるように指を絡めるだけだ。
もっと触れてほしいという思いが高まるにつれ、厚く大きな手のひらに強く握られたり優しく包まれたりしている成美の左手は、まるで性感帯がそこに集中してしまったかのように熱を帯び、汗ばんでいった。
（んっ......）
成美が声を漏らしそうになった瞬間。
誰がいつの間にセットしたのか、目覚まし時計が鳴った。八時半だった。
「あっ、今日あたし一限あるんだ」
初めて目が覚めたように成美は起きあがる。まだ左手が熱い。下半身も。
「俺も。急がないと遅刻だ」
男も今まで本当に寝ていたかのような寝ぼけた顔で起きあがる。他の皆はまだ目が覚めないようだったが、成美はすぐにでも外へ出たかった。男も一緒に出ると言った。
目白駅まで走れば三分。二人はほとんど無言のまま並んで走った。成美の下着は濡れてしまっているのに、目が覚めてからの男はまるでそんなことに無関心のようだった。
「あたしは学校、こっちだから」
目白駅の前まで来て、成美が新目白通りの先を指さすと、男は小さく「じゃあ」とだけ言って、改札へ吸い込まれていった。
（こんなの、よくあることよ）
心の中で呟きながらも、成美はいつもと同じで終わらせたくない自分に気付いていた。
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