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山手線ゴー・ラウンド ―新宿―
3、2、1、ポーン。
私の脳内カウントダウンは、今日も時報に忠実だ。だって、高校に入学したお祝いにってお父さんにねだった腕時計には、なんと時刻を自動修正する電波受信機能が搭載されているんだもん。
すべては私が毎週月曜日の正午を正確に迎えるため。
そして、あの人の仕事がうまくいくのを見守るため。
今、私の目の前にあるこのビルの7階で、あの人は仕事をしている。
あの人はすぐそこで呼吸をしているし、喋っているし、動いている。あの人はすぐそこで生きている! そう思うたび、私、壊れちゃうんじゃないかってほどドキドキする。
それほど私はあの人が好き。
今は片想いだけど、絶対に振り向かせたい。
初めて見たときから、感じるものがあったんだもん。何度か見るうちに、絶対この人だって確信したもん。十六歳にして運命の人を見つけちゃうなんて、自分でも思わなかった。私はあの人のためにならいくらでも人生を捧げると思う。迷うことなんか何もない。
あの人は忙しくて、いつも仕事で、どこにいるのかも解らないことのほうが多いくらい。けれど毎週月曜日のこの時間には、必ずここに来てくれる。もちろん
それは仕事のためだけど、それでもいい。私はあの人が今日も元気でいるということをすぐ近くで感じたいから、いつも我慢できずにここまで来ちゃう。
会えないかもしれないのにわざわざ新宿まで出てきちゃってるけど、大丈夫。私の部屋では録画予約も自動的に始まって、あの人の姿をしっかりと記録してる
から。勿論他の番組だって、あの人の出演予定をくまなくチェックして録画してる。ビデオだけじゃなくて、雑誌のスクラップもたくさんある。どんなに小さく
載ってても、私は見逃さない。
本当は、あの人が仕事をしてる姿を見に、スタジオに行きたいと思ったこともある。でも、私は行かないことに決めてる。この番組の観覧には十八歳以上とい
う制限があるし、他のファンの子と一緒にあの人に声援を送るのには、なんか抵抗を感じるもん。同じ理由で、他にもたくさんあるあの人のライブやイベントに
も、行ったことはないよ。私はあの人と、単なる芸能人とファンという関係で終わらせたくないもの。
おかげで毎週月曜日はずっと学校に行ってない。週に一回しかない家庭科の授業、まだ一回も出席してなくて、このままじゃ進級できないよって何度も忠告さ
れた。でも、別にいいの。言ったでしょ、あの人のためになら人生なんていくらでも捧げるんだってば。あの人と偶然会えるその日まで、私は絶対ここで待ち続
けるよ。
新宿アルタの前で、ずっと待ち続けるよ。
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