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山手線ゴー・ラウンド ―代々木―

 悲喜交々。いろんな朗報と悲報が飛び交い、出会いや別れがそこかしこで繰り広げられる三月、僕にも人生の岐路はやってきた。僕はめでたく高校を卒業し、残念ながら大学に落ち、少なくともむこう一年は浪人生活をすることが決定してしまったというわけだ。
 本当は、滑り止めの一校にはちゃんと合格した。ただ、その大学に入学したら僕は後悔すると思う。それでも両親にとっては、こんな僕が現役で大学に合格で きたことのほうが重要で、僕が浪人をすると言ったら猛反対した。どこの大学に行くかよりも、お前がそこで何を学びどう生きるかのほうが重要なのだから、運 命だと思ってその大学に行けと言うのだ。無理。腐った気持ちで行きたくない大学に通ったって、何も学べるわけがない。浪人生活だって甘くない。それを覚悟 の上で、僕は納得できる結果を出したいのだ。そんなわけで、僕はたった今、予備校の手続きを済ませてきたところだ。
 代々木の駅で帰りの切符を買っていたら、後ろからポン、と肩を叩かれた。
「木田っち! 何やってるの、こんなところで」
 そこにいたのは、ついこの間まで同じクラスにいた中林理沙だった。僕は、正直うろたえた。まさか、こんなに早く再会する日が来るとは思っていなかったのだ。

 実のところ僕は、現役で第一志望には受かりそうにないと気付きはじめたときから、予備校は代々木に行こうと決めていた。原因は、まさしく今目の前にいる 中林だ。彼女が代々木にあるデザイン系の専門学校に通うらしいと聞いて――つまり不純な動機で、浪人しちゃってもいいかな、と思ったのだ。
 告白する自信も勇気もなかったが、僕は中林に憧れていた。別に美人でもないしスタイルも普通だし性格だって特別にいいわけではないけれど、中林はどこか 一本筋の通った感じのする女の子だった。なんとなく存在感があって、僕はいつのまにか彼女のことを気にするようになっていた。
 代々木の予備校に行けば、時々は偶然バッタリ出くわすこともあるんじゃないだろうか、という淡い期待を、僕は抱いた。「久しぶり」なんて挨拶して、時間 があったら一緒にお茶でも、なんてことがあったら、それだけで浪人生活も少しは明るくなり、励みにもなるだろうと思っていたのだ。
 しかし、まさかこんなに早く会うことになるとは。卒業式から一週間も経っていないから、「久しぶり」の挨拶もできない。僕はなぜか緊張し、今までよりも馴れ馴れしい口調で中林に言った。
「実は浪人することになっちゃってさ。今、そこの予備校に申し込んできたところ」
「そうなんだ? これからここの予備校に通うんだね?」
「うん、これからもこうやってバッタリ会うかもな。その時はよろしくな」
 僕がそう言うと、中林は少し気まずそうな、あるいは申し訳なさそうな顔をして、僕から目を逸らしながら言った。
「あ、ごめん。あの、私、専門学校の入学をキャンセルしてきたところなんだ」
「え、なんで?」
「うーんと、実はダメモトで受けた芸術系の大学にマグレで受かっちゃってさー。合格発表が遅かったから、今さらなんだけど。やっぱり四年かけてじっくり学んだほうがいい気がするから、大学に行くことにしたの」
 僕は何も答えることが出来なかった。話が違うぞ。浪人生活の励みはどこへ行く。

 帰りの電車で、ぼんやり考えた。どこの大学に行くかよりも、そこで何を学びどう生きるかのほうが重要だといううちの親の言い分はやっぱり間違っている。 事実は、「どこへ行くか」ということと「どう生きるか」ということは、どちらも重要で相互に作用するものだということだ。やりたいことために一生懸命に なっている人間には、おのずと道が開けてくるのだ。あの一本筋の通った中林のように。
 ああ、これから一年、長すぎるな......。
 僕は大げさにため息をついた。けれど、誰も干渉しない山手線の車内でこんなちっぽけな自分に反応を示す人は、皆無だった。

新宿原宿



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